1 想いを新たに
年が明けて間もなく、思いがけない知らせが入りました。中高の同窓生が共有するメーリング・リストをつうじて、恩師お二方の訃報が伝えられたのです。私にとって、お二人とも言葉に尽くせぬほどお世話になった先生方ですが、年長の池内健次先生――昨年8月に、95歳でご逝去とのこと――については、哲学への道を開いてくださった特別の存在として、出身校の同窓会紙に「人生を決めた出会い」という一文を投稿したことがあります。本HPにも転載しましたので、お読みくださった方もおられるかと存じます。それを再度ここに載せようとした折、二番煎じは許されないという声が内から響いてきました。旧文の再掲載を機に、先生への想いを新たにする若干の話題を綴らせていただくことにします。
『カント哲学』(ミネルヴァ書房、2008年)が、先生の主著。700頁に近い畢生の大著を世に出すにあたって、出版社への口利きをした私への謝辞が、「はじめに」に述べられています。自分のしたことは微々たるお手伝いに過ぎませんが、従来のカント研究の意味を一新する狙いの本書をプロデュースすることは、弟子の義務であると考えました。世に三批判書として知られる『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三著の全体が、実のところは『純粋理性批判』として一つのものである。このような斬新なカント解釈が、学界に多大のインパクトを与えることは間違いないと信じて、当時の私は、微力ながらも提灯持ちを務めた次第です。
で、書物の運命やいかに。「カント読みのカント知らず」が横行するアカデミズムの世界。権威主義の支配する専門家の世界が、市井の哲学者の仕事に注意を向けることは、まずありません。もちろん、特別の注目を浴びたというような話がないから、評価されなかったと言い切ることはできませんし、世の風向きが今後どうなるかは、誰にも予想できません。そのうえで、世間的評価などとは無関係に、この書に向き合うこちらの心組みが次第に変化していった、ということを申し上げなければなりません。しかしその前に、先生にとってなぜ「カント哲学」でなければならなかったのか、にふれないわけにはいきません――そのあたりのことをかつて「エッセイ」に書いた覚えがありますが、いつのことだったかがハッキリしない。確認の手続きを怠る当方の横着をお許しください。
福岡県久留米の明善中学を卒業して先生が入学されたのは、海軍兵学校。海軍士官を世に送り出す、軍国日本のエリート養成機関です。しかし、海兵在学中に終戦。そこで先生が目にしたのは、それまでとは180度異なる「民主主義」日本の姿でした。自身もその数に入ることを予期されていた戦争犠牲者、とりわけ自身と同年代の学徒たちの運命――。これが、戦後民主主義の柱となるべき普遍的理性の立場に先生を向かわせ、カント哲学の研究をライフワークとさせる原動力となったことは、間違いありません。
そういう先生の姿勢に感銘を受けながら、不肖の弟子としては、カントを手本にする行き方ではダメではないか、という思いが歳とともに募っていきました――むろん、そんなことをご本人に申し上げたことはありません。それは、カントの哲学がダメだということではない。カントの理性主義は、その多くを暗黒が支配する西洋文明の世界に差す力強い一条の光である。だが、その光をそのまま風土と歴史の異なる日本に移し入れようとすることは、無理であり不首尾に終わる。これが、普遍的理性の立場とは異なる風土学の道を、あえて進むことを選んだ当方の弁明です。私の哲学の歩みは、一言でいうなら、目の前にそそり立つ池内先生という大きな壁との闘いでした。その闘いは、恩師の死と同時に終わるというものではありません。
以上、以前の拙文では書けなかった想いの一端を述べました。
2 木岡哲学塾の活動報告
Ⅰ 木岡哲学対話の会
1月4日(日)に、本年度第10回を開催しました。
◎2025年度第10回木岡哲学対話の会
《総括討議》
○日時:1月4日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
○内容:
1)《前回の要約》
前回の「哲学講話」(偶然と必然のあいだ)と「哲学対話」(宿命を運命に変えて生きる)の内容を、最新の生成AIによって要約した作品三種――文書、対話、全体図――が紹介され、その成果をめぐって意見が交わされました。
2)《2025年度を振り返る》
第1回から第9回までの「哲学講話」と「哲学対話」を「総括討議アンケート」によって振り返り、寄せられた質問・意見をもとに対話が展開しました。
3)その他
2026年度(3月~)は、基本的に本年度の運営方針を堅持します。その第1回(3.1)は、全員が対話のテーマを持ち寄る「哲学カフェ」の方式で行うことが確認されました。
Ⅱ 哲学ゼミ
1月の予定は次のとおりです。
〇日時:2026年1月25日(日)13:00-16:00
○内容:
1)プラトン『国家』第九巻の読解
僭主独裁制の検討につづいて、幸福という観点から見た正しい生と不正な生との比較が論じられます。
2)発表と討論
メンバーによる発表、それを承けての討議が行われます。
3)その他
Ⅲ 個人指導
参加者各自の事情に合わせて、読書指導・論文指導・発表指導などを続けています。7,8名を相手に、2~4週に1回程度のレッスンを継続しているほか、「木岡哲学対話の会」他での発表に合わせた指導を行っています。遠隔地在住のメンバーとは、Zoomを利用したリモート形式でも行います。