1 夏を生きる――田舎の日々
大学に職を得て間もないころから今日まで、毎年、夏の盛りを田舎で暮らしてきました。大阪府立大に就職して2年目、どこかに涼しい避暑地はないものか、と旅の案内本に目を通していると、開業したばかりのコテージ(貸別荘)が信州木曽にあることが判り、長期滞在の予約をとりました。以来、数えてみれば34年。20年通い続けた貸別荘が営業を終えるのを機に、奮発して土地を購入、自前の別荘を誂えました。そこに通うようになってから、今年で11年になります。
例年、早ければ7月下旬から来て、8月末までのひと月前後を、この地で過ごす習いです――現に今も、別荘でこの文章を書いています。教師時代に手がけた著書・論文について、肝心な部分はほとんどすべて、この地で書いてきました。私が学者面をして生きてこられたのも、課業のない盛夏のひと月を快適に過ごさせてくれるこの地のおかげでした。いったいこの地の何がよいのか。どうして何もない田舎に30年以上も通い続けることができるのか。そう人から訊ねられたなら、「土地との相性」とでも答えるしかありません。人付き合いで言う「一目惚れ」に近い出会いが、この地と私のあいだに生じたからだと申し上げましょう。
中央本線木曽福島駅から、開田高原行のバスで山道を20分余、トンネルを抜けたところに開ける風景に驚いたのが、最初の出会いです。ふつうの山村とは違う落葉松や白樺の林に囲まれた別世界に、目を奪われました。信州の別荘地では、白樺など別に珍しいものではありません。しかし、当時30代で見聞の狭かった私にとって、それまで知らずにいた夢のような世界の〈発見〉、その中でも咲き乱れる野の花、とりわけ真っ白なソバの花、点在する石置き屋根の民家など、「日本の原風景」に夢中になったといえば、当時の自分は何とナイーヴだったことか、と気恥ずかしい思いがします。
貸別荘に通った時代、滞在期間はせいぜい夏のひと月。その後、自前の別荘を所有してからは、厳冬を除く他の季節にも、月一度は訪れるようになりました。限られた時間をふだんの住まいとは違う場所で過ごすことに、大きな意味があると感じています。同じ境遇の人であれば、同意していただけるでしょうが、別荘は自宅とは違います。日頃暮らす家とは違う時間・空間が、そこに用意されている。そこに身を置くことによって、自分がリセットされる感覚と言えば、解っていただけるでしょうか。
いまこの一文を綴っている書斎の本棚には、デカルトやデューイの全集、『日本思想体系』(岩波)のセットその他、生きているあいだに読破することなど、とうてい不可能と思われる書物が並んでいます。あと何年利用しつづけられるか判りませんが、それらを目にするたびに、お前にはまだやるべきことがあるのだという声が、どこかから聞こえてくる気がする、そんな夏の毎日です。
2 木岡哲学塾の活動状況
1に記したとおり、別荘に滞在する8月中、哲学塾の活動を休止しています。9月に再開する「木岡哲学塾」の予定は、次のとおりです。
Ⅰ 木岡哲学対話の会(第6回)
○日時:9月3日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室(変更の場合あり)
○内容:
⑴哲学講話:《戦争》について(1)
2023年度前期は、「あいだ」「縁」「出会い」「かたち」をテーマとして、風土学の思考スタイルとはどのようなものかを示しました。言わば、「風土学入門」のシリーズ。後期は、参加者からのリクエストを受けて、《戦争》をテーマとする講話(5回)を行う予定です。こちらは、風土学の「応用問題」。著書・論文をつうじて、いちども論じたことのないこのテーマに挑み、風土学にどれだけの対応能力があるかを測る試金石とします。
《戦争》について、考えるべきポイントは三つ――
1)戦争とは何か
2)戦争はなぜ起こるのか
3)戦争をどうすれば止められるか
1は事実、2は原因・理由、3は当為の問題です。風土学は、これらの問題について解答を用意しているわけではありませんが、考えていく道筋(論理)とツール(概念)を持ち合わせています。手持ちの材料を示しながら、参加者と対話を重ねるつもりです。
⑵哲学対話:《民主主義のABC》
発表:土屋隆生《「民主主義」再考――「権威主義」との比較において》
今日の世界情勢の中で、しばしば問われる〈民主主義とは何か〉。さまざまな角度から迫る必要のあるこのテーマについて、参加者による発表を手がかりに対話を展開します。
⑶活動報告
報告:宮原秀彦
東京で行われた脳機能障がいの当事者による「朗読群像劇」と、本人が開発に携わるインクルーシブ・デザインについて、報告が行われます。
○参加費:1000円
Ⅱ 哲学ゼミ
後期(9月~1月)の第1回は、次のとおり行います。
○日時:9月24日(日)13:00-16:00
○会場:木岡自宅
○プログラム
1)木岡伸夫『邂逅の論理』(春秋社、2017年)「第六章〈あいだ〉を開く主体」の読解。
2)発表・討論。
3)何でも相談
○参加費:2000円
Ⅲ 個人指導
○会場:木岡自宅
○開催日:水・金・日(上記イベントの開催日を除く)の午後(原則として、13-17時のあいだの2時間程度)。事前の予約をお願いします。
○内容:ベルクソンの哲学、「意味」の問題、パレスチナ問題、「個」と「多」との関係、などさまざまなテーマに応じて、月1,2回のレッスンを行っています。
○指導料:3000円