1 もう一人の私
最近生じた気づきについて書きます。
連休中の5月4日、東日本大震災直後の2011年3月20日に卒業した関大OBの二人が、拙宅を訪問しました。ふとしたきっかけから旧交を温めることになった同窓生同士が、このホームページで私の活動を知り、哲学塾に参加したいと思って相談に来た、という事の次第です。こちらに届いたメールでは、卒業式にさいして、「異常時に平常どおりのことをやるのは異常だ」という私のスピーチが、印象に残っているとか――当方にはハッキリした記憶はないのですが。15年ぶりの教え子との歓談、学生時代の思い出から、めいめいの近況をめぐるよもやま話……とくれば、その場の雰囲気は想像がつくでしょう。そのうち、「哲学塾への参加」という本題は、どこかに消えたまま、たちまち2時間以上が過ぎました。
らちもない茶飲み話のさなか、最近の「哲学対話の会」での話題を一つ取り上げました。「対話の構造」と題した哲学講話では、ソクラテスが対話の相手に投げかけた「不正を行うよりも、不正な目に遭う方がマシだ」という考えを紹介して、その理由を参加者に訊ねました。すると、ただちにFさん――「対話の会」に参加し続けてきた高齢の女性――が手を挙げ、「自分に責められるから」と答えました。それは、私がこの問いを取り上げるきっかけになったハンナ・アレント(『責任と判断』中山元訳、ちくま学芸文庫)と同じ考えを表します。アレントは、プラトンの対話篇『ゴルギアス』の中で、ソクラテスがその考えを相手に投げかけても、賛同が得られなかったことを引いて、「自己との不調和」という大きな問題を指摘しています。
アレントによれば、人間が悪を為すことを選ばないのは、そのことによって生じる自分自身との不調和に耐えられないからである。われわれの内には、自分のすることを見張っている「もう一人の自己」が潜んでいて、悪いことを為した場合には、その自己が敵となって、悪をはたらいた私を責めつづける。ふつうの人間は、それに耐えられないから、悪事を為すことを選択しない、というわけです。Fさんの答えたとおりです。しかし、世の中には悪いことをしても平気な者が大勢いる、それはどうしてか。それは、自分の為したことを記憶しないで、忘れることによってである。記憶の抹消が、悪人の存在を可能にする条件であるということを、アレントは鋭く指摘しています。この見解は、ナチスによって惹き起こされた戦争犯罪の意味を、ヒトラー周辺の当事者よりも、それを黙過したドイツ国民の側から追及する姿勢をつうじて生み出されたものです。
さて、このように書いたなら、相当マジメな話を卒業生としていたように見えるかもしれません。じっさいは、「対話の会」参加者の中にはこういう人もいるよという例として、Fさんを引き合いに出したまでのこと。ムズカシイ話ではなく、気楽な談話の中でも、哲学――というよりも、「≒哲学」というべきでしょうか――に関係する問題にふれることができる、ということが判りました。私からすれば、ディナーのサイドメニューにすぎないような話題に打ち興じてくれる二人の姿から、そんなことを考えました。これが、最近生じた気づきの一つです。
もう一つの気づきは、タイトルに挙げた「もう一人の私」についてです。深遠な理論ではなく、日常の経験に道徳の本質が潜んでいることを、この言葉は証明しています。道徳哲学者がリクツをひねくり回さなくても、ふつうの人間であれば、だれでも承知している事実から問題を考えていく方向が、目の前に開かれました。書き上げたばかりの『〈中〉のロゴス』から始まるこの道――中道――を、歩んでいきたいと思います。
2「東アジア哲学研究会」での発表内容
4月の本ページで、「東アジアにおける〈中〉の思想」と題した基調講演をご紹介しました。その内容を公開します。発表の際には、Zoomの画面上に原稿が映写されました。
3 木岡哲学塾の活動状況
Ⅰ 木岡哲学対話の会
2026年度の第3回は、以下のとおり行われました。
◎2026年度第3回木岡哲学対話の会
《実践に向けて》
○日時:5月3日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第8会議室
○内容:
1)哲学講話:《対話の構造》
二者が言葉を交わす「二人対話」において、〈私〉の内にひそむ隠れた〈もう一人の私〉が参加することによって、実質的な「三人対話」が成立することを、ハンナ・アレントのテクストなどを参照して明らかにしました。
2)哲学対話:《共創で行動――ミクロからチーム・プレイへ》
高次脳機能障害をもつ発表者は、共生社会の実現に向けて、企業と地域に働きかける活動を続けています。その活動が、個人(ミクロ)から、仲間を組んでのチーム・プレイへと、いかに展開してきたかを語りました。
Ⅱ 哲学ゼミ
4月19日に、次のとおり行いました。
〇日時:2026年4月19日(日)13:00-16:00
○内容:
1)ルソー『社会契約論』第1回
全4編からなるテクストの第一編を取り上げ、第五章までを検討しました。「第六章 社会契約について」以後の読解は、次回に持ち越しとなりました。
2)その他
主宰者が「ブック・カフェ川べり」で行った『風土』読書会の概要を紹介し、テクストのサワリを読み合わせました。
Ⅲ 個人指導
参加者個々の事情に合わせて、読書指導・論文指導・発表指導などを続けています。常時7,8名を相手に、2~4週に1回程度のレッスンを継続しています。「木岡哲学対話の会」や他の催しでの発表に合わせた指導も行っています。遠隔地に移住したメンバーとは、Zoomを利用したリモート形式の指導を行っています。参加者と相談して取り上げてきた代表的なテクストは、次のとおりです。
プラトン『ソクラテスの弁明』『ゴルギアス』『国家』、ベルクソン『道徳と宗教の二源泉』『思想と動くもの』、ホワイトヘッド『過程と実在』、サイード『パレスチナ問題』、アレント『責任と判断』、『中庸』、『荘子』、山内得立『新しい道徳の問題点』『意味の形而上学』、和辻哲郎「日本語と哲学の問題」、宗左近『宮沢賢治の謎』。