1 「勢い」に流されまい
明けましておめでとうございます。
昨年1月の年頭所感に、「カンブリア爆発」をめぐる論説記事(『朝日新聞』2023.12.31)を取り上げましたが、ご記憶でしょうか。今年も同じ手を使います。1月3日の『朝日』朝刊第一~二面に、「開戦「勢い」に流されて」という見出しの特集記事が掲載されました。敗戦から80年を迎える今年、過去の轍(わだち)を踏むまいとする気構えが、年明け早々の紙面にうちだされている、といった印象を受けました。この記事をもとに、思いの一端を語らせていただきます。
「百年 未来への歴史/デモクラシーと戦争」という表題に沿って、1941年に始まった太平洋戦争の開戦について、「軍部の勢いは誰にも止められなかった」「戦争を止めようと思ってもどうしても勢いに引きずられてしまった」という昭和天皇の回顧談が引かれています。それだけを取り上げれば、戦争を主導する軍部の「勢い」に、元首たる天皇が抵抗できずに押し流されてしまった、という話に見えます。しかし、事はそんなに単純な原因論では説明できない。軍部と天皇との角逐といった局所的な問題なら、戦争責任論でおなじみの二元論的構図に収まります。しかし、それでは説明できない複雑な問題の様相が、「勢い」の実状から浮かび上がってきます。
激流の「勢い」は、だれにも止められない。しかし、このケースでは、軍部に抵抗しようとする天皇だけでなく、軍部の中枢にいた開戦反対論者までもが、勢いに押し流される。というよりも、自らその勢いに乗り、それを加速させることに加担した、という厄介な事実が報告されています(森山優『日本はなぜ開戦に踏み切ったか』新潮選書、2012年)。その分析は、示唆に富んでいます。同著によれば、開戦に反対する海軍上層部某氏は、開戦を避けるための米国との外交交渉が続く状況下で、軍や政府組織内のあつれきを想定して、「責任や緊張感の重さに耐えきれず、組織内のリスクを回避しようとして、目先のストレスが最も少ない道として選ばれたのが、最もリスクが大きい『開戦』という選択肢だった」。
いかがでしょうか。「勢い」の内実は、組織内のあつれきを避けるべく、目先のリスクを回避するという目的から、より大きなリスクにコミットしたこと。こんなふうに分析されれば、開戦に至る経緯以外に、現在でも日常のさまざまな局面で、同様の「勢い」が働いていることに思い当たります。記事では、森山氏(静岡県立大教授)の著書に対して、「現代日本の組織でも同じような状況が展開されている」という読者からの反応が多くあり、学生からも、軍関係者が普通の人に思えたという感想が聞かれるとか。こうした意味での「勢い」は、誰の身にも他人事ではないと感じられる日本社会の底流です。
「勢い」を、ふつうに考えられる合理的判断や意志の力で食い止めることは、難しいのではないかというのが、記事から私が受けた印象です。それは同時に、この勢いに押し流されない力を、どうにかして身につけなければならない、という課題に向き直ることでもあります。私がつねづね否定的にとらえる「空気を読む」や「同調圧力」といった言葉では、説明しきれない何か、政治学者丸山真男が「日本の歴史意識の古層」と呼んだ、この「勢い」が、自分にとって大きなテーマになることを確信しました。以上が、今年の年頭所感です。
2 講演の報告
先月お知らせしたとおり、2025年の年明け早々、東洋大学に出張して講演しました。
〇日時:2025年1月9日(木)13:00-14:30
〇招聘者:東洋大学文学部国際文化コミュニケーション学科(「サイエンス&カルチャー」の授業にゲスト出演)
○演題:「風土学へのいざない」
受講者は、学部2・3回生が主体ですから、環境問題や環境思想について、くわしい専門的な話をすることはできません。関西大学退職前後の2019-2020年度に、リレー講義「環境学入門」で用いたスライドや年表に加えて、新しく作成したファイル「風土学へのいざない」(8ページ)を、予習用の資料として事前に配信してもらうよう、担当者にお願いしました。ファイルは、「私の研究歴」「風土とは何か」「風土学は何のために?」の三部構成。授業では、資料に示した「環境」の概念や風土学についておさらいしたうえで、これから私たちが何をすべきなのか、何ができるのか、という本題に入りました。内容のあらましは、今月の「エッセイ」に含まれていますので、ご参照ください。
まじめに参加してくれた学生諸君に、重い負担を強いる内容だったかと反省しています。しかし、風土学の理論整備にこの機会を利用させてもらった当方にとっては、かけがえのない貴重な経験であったと感謝しています。
3 木岡哲学塾の活動状況
「木岡哲学対話の会」「哲学ゼミ」「個人指導」について、それぞれの近況をお伝えします。
Ⅰ 木岡哲学対話の会
◎第10回《総括討議》
日時:1月5日(日)13:00-16:00
会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
内容:
1.アンケート回答へのコメント
昨年末までに回収されたアンケート回答(全14通)をまとめ(8ページ)、哲学講話・哲学対話に寄せられた質問・意見に対するコメントを、発表者にお願いしました。それを機に、、議論が再燃したケースもあります。
2.自己紹介
参加者全員に、一人3分程度のスピーチをしていただきました。今年度初の「自己紹介」ということもあって、各位の近況報告は興味深く、いろいろ意外な点の気づきがありました。
3.方針の決定
2025年度は、「哲学講話」と「哲学対話」の二本立て、という前年度の方針を堅持することが承認されました。「対話」については、毎回個人の発表希望者を募るものの、申し出がない場合は、協議して、全員が対話に参加できるテーマを設定することになりました。
3月の第1回(3.2)は、発表希望者がなかったため、相談のうえ、「環境問題」を対話のテーマとし、これに連動する内容の講話を主宰者が用意することに決定しました。
◎その他
会終了後、2024年度の無事終了を祝う「打ち上げ」(新年会)が、大阪駅構内の中華料理店で開催され、当日の出席者全員が参加する盛会となりました。
Ⅱ 哲学ゼミ
◎第10回
日時:1月12日(日)13:00-16:00
会場:木岡自宅
プログラム
1)「風土学へのいざない」報告
東洋大学で9日に行われた出張講演の概要を紹介し、環境問題と風土学のスタンスをめぐって討議を行いました。
2)発表と討論
竹田青嗣の著書から、国家と個人の関係をめぐる問題提起が行われ、幅広いテーマにわたる討議が行われました。
3)その他
次回(2.16)以降、プラトン『国家』を読解のテクストに取り上げることが合意されました。
Ⅲ 個人指導
参加者各自の希望するテーマに沿って、レクチュア・読書指導・語学指導・論文指導などを自宅で行っています。現在取り扱っているテクストは、プラトン『国家』、ベルクソン「意識と生命」ホワイトヘッド『観念の冒険』といった古典が中心ですが、単なる読解にとどまらず、その思想を現在にどう活かすかが、レッスンの眼目です。