問いの視点
直言先生:「日本を問う」シリーズ過去4回は、日本人3人とフランス人1人が、それぞれの流儀で日本を問うてきたことを取り上げて、その意味を考えました。これまでを振り返って、どんな感想をもたれましたか。
中道さん:平凡な感想ですけど、同じ「日本を問う」といっても、問い方は人によってさまざまだし、答え方もいろいろだなあ、という印象を受けました。
直:答え方がいろいろだと。たとえば、どんな風に。
中:和辻哲郎は、昔の日本文化を基準にして日本のあり方を考えているのに、坂口安吾は現在の日本人の生活を中心に置いて、昔の文化を否定している――とまで言ってよいかどうか、問題ですが――というように、視点が違っている。問いの焦点が、現在か過去かで、答えの方向性も変わっているとように思いました。
直:なるほど、おっしゃるとおりかもしれない。猛志君はいかがですか。
猛志君:僕の印象も、中道さんと同じです。このシリーズでは、「日本を問う」ということが、問う主体を中心に考えられているので、人ごとに問いの内容も違えば、答えも違ってくるのだと思います。
直:そうですか、問い方も答え方も人さまざまであると。それでは問題がある、ということになりますか。
猛:いや、そんなことはありません。問いと答えが人ごとに違っていても、別にオカシクはないと思います。ただ……
直:何ですか。何か引っかかることがあるなら、言ってください。遠慮はいりません。
猛:個人中心のアプローチだと、問われる「日本」の像はどうなるのか。「日本」の客観的なイメージが、二の次になってしまうのじゃないか。そんな感じをもちました。
中:私の中にあるモヤモヤした感じを、猛志君がうまく代弁してくれました。対話をつうじて、「日本とは何か」という問題に答えが与えられるのを期待していた者としては、チョット肩透かしの感じがあります。
直:お二人の言い分は、もっともです。問われる日本よりも、問う人間の方に焦点が合わせられたことに対して、不満がある。ということなら、このシリーズ最終回で、何か手を打たなければなりません。どうしようかな。
中:日本という国の把え方、世界の中での日本の位置づけ、といったことについての有力なモデルを示していただく、というのはどうでしょうか。
猛:「日本は~の国である」というような具体的な主張を取り上げて、その意義を検討することができたら、面白いと思います。
直:分かりました。一つ考えついたのは、戦後にうちだされた日本文化論として非常に有名なモデル、梅棹忠夫の「生態史観」です。戦後に発表されて、ベストセラーになった『文明の生態史観』を取り上げることにしましょう。このテクストは、ご存じですか。
中:昔、学生だった頃、梅棹さんの『知的生産の技術』(岩波新書)を読んで、カード式の勉強にトライしたことがあります。恥ずかしながら、『生態史観』の方は読んでいません。
猛:民博(国立民族学博物館)の館長をされていた方ですね。それぐらいのことは知っていますが、挙げられたそのテクストについては知りません。
直:著者を一躍有名にしたこの本について、お二人がご存じないのであれば、ポイントのレクチュアをしないわけにはゆきません。
講義:文明の生態史観
国立民族学博物館の館長を務め、人類学者・民族学者として知られる梅棹忠夫氏は、がんらいは京大理学部動物学科を卒業した生態学者。その氏が、京大カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊に参加して、1955年にアフガニスタン、パキスタン、インドを旅行したときの印象を、「東と西のあいだ」として最初に発表。それを皮切りに、書名と同じ「文明の生態史観」という題のエッセイが、1957年2月に『中央公論』に発表されて、大きな反響を生じました。そのほかアジア各地についてのエッセイをまとめる形で、1967年に中央公論社から単行本(中公文庫版は1974年)が発行されました。生態学を基盤とする比較文明論的考察として、他に類を見ないユニークな書物といえます。
異なるさまざまな国の歴史を突き合せて比較するという比較文明史なら、特に珍しくはない。その中で、生態学が基礎となる比較文明史は、どこに特色があるのでしょうか。生態学は、動植物の世界がそうであるように、生物主体が他から独立した個体として存在するのではなく、全体と部分とがたがいに切り離せないような仕方で関係し、依存し合って存在するという事実から考えます。生態学において「環境」に相当するのは、「生態系」(エコシステム)の概念。「環境」は、個体とそれを取り巻く周囲の事物の関係を表しますが、「生態系」は、その中に含まれる多様な主体が、全体の部分として他のすべての主体と関係し合って存在するあり方を問題にする。環境問題の例で言うなら、温暖化の現象は、地球上の一部の地域に限定される局所的な事実ではなく、地球全体に関係する全体的な事実、「地球温暖化」として考えなければならないということです。
生態系を構成するのは、バラバラの個体ではなく、「共同体」と呼ばれる生物群集、集団的なまとまりです――「種」もそこに含まれます。地球全体を占める国々について、そういうまとまりを考えると、近い性格をもつ地域としてのまとまりが区別される。二つに分けられたうちの「第一地域」には、西ヨーロッパ(国名でいえば、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア)と日本が属し、「第二地域」には、それ以外のすべての国々が含まれる、とこういう驚くべき考えが示されたのです。どう思われるでしょうか。
この区分は、私たちが歴史の授業で教えられる常識とはかけ離れています。極東の島国である日本は、昔から大陸である中国の影響下にあったが、西洋文明を取り入れる近代化によって大きく発展しました。いわば、先生と生徒の関係にある西欧と日本。それが、「第一地域」として、同類に組み入れられるなんて!しかし、西欧と日本とをひとくくりにするだけの根拠が挙げられます。というのは、現時点でいずれも高度に発達した文明地域であることは言うまでもなく、そこに至るまでの資本主義体制、ブルジョア革命、絶対主義(王政)、封建制、などといった歴史的過程が双方に共通しており、たがいのあいだに並行現象が見られるからです。これらの類似した現象は、地理的空間的にかけ離れた地域それぞれに、生態学で言うサクセッション(遷移)が生じたことを物語ります。生物学の授業では、日光との関係で、陽樹(広葉樹)から陰樹(針葉樹)へと樹林相が移っていく、という相転移を教わります。それと似た仕方で、一つの地域が、一つの生活様式から次の生活様式へと移ってゆく。そういった遷移の過程が、両方の地域に共通するところから、西欧と日本とが、生態学的に見た「第一地域」に割り当てられることになるわけです。
第二地域については、どうでしょうか。本の中に掲げられた地球全体を表す横長の楕円形では、楕円の左右つまり東西の端っこに、それぞれ日本、西欧を小さく区切る線が入り、それ以外の区域は第二地域とされています。その地域では、資本主義体制は未成熟であり――もちろん1950年代の話です――、中国やロシアのように革命を経た国もあるが、革命によってもたらされたものの多くは、独裁者体制である。革命以前の体制は、封建制ではなく、主として専制君主制か植民地体制であり、第一地域とは異なって、ブルジョア(市民層)は発育不全である、というように要約されています。四大文明の発祥地であるエジプト、中国、インド、メソポタミアといった地域は、すべてこちらの第二地域に含まれます。古代に限らず、近代に至っても、皇帝を仰ぐ中国(清)、インド(ムガール)、トルコ、ロシアなどの大帝国が並び立たったのが、この第二地域。そこには、市民革命を経ての資本主義体制への移行、という第一地域に見られる歴史的変化は生じませんでした。
細かい説明を省いて概略を示したかぎりでは、生態史観としてうちだされた世界地図と、従来の歴史観に立つ世界地図とが、大きく異なることは間違いありません。われわれにおなじみの歴史の授業では、人類の誕生以後に生まれた古代文明の発祥地として、エジプトや中国など四大文明が紹介され、それぞれにおける王朝の交代がたどられます。歴史的発展は、古代文明の中心地から周辺に広がってゆき、西方ではギリシアやローマなど、当初は周辺であった外部の地域に文明の中心が移動する。東方では、中国という文字どおりの中心から、日本や朝鮮などの周辺部――中国から見れば「外夷」、つまり野蛮な地域とみなされるところ――に文明が波及します。ところが、こういう歴史の記述において、最初に文明の中心であった地域が、生態史観によれば「第二地域」とみなされる。それに対して、後発地であった西ヨーロッパや日本は、「第一地域」。その名称からも判るように、明らかな地位の逆転現象が起こったことになります。
「文明の生態史観」が登場したのは、第二次世界大戦が終わってから10年後、敗戦による打撃から日本がようやく立ち直りつつあった時期です。日本を斃(たお)した主力は、欧米。敗戦国日本が、戦勝国である欧米と同じ「第一地域」であるという評価は、日本人のコンプレックスを癒す効果があったようです。言ってみれば、「一流国」だという自信が、日本人にアピールする効果を生み、戦後の発展のエネルギーにつながったのではないか、という点を指摘したうえで、議論に移りたいと考えます。
日本は「一流国」か?
直:お話ししたことの中から、お二人が気になったことを、何でもよいから挙げてください。
中:では、私から。講義の最後のところで、「一流国」という表現がありました。その言葉が、本の中で使われているのでしょうか。
直:いいえ、『文明の生態史観』の中で、日本が一流国であるというような表現がされているところはありません。
中:梅棹氏がしていない言い方をされたのは、先生のお考えからでしょうか。少し気になります。
直:私の考えというより、この本が当時の世相にアピールしたことの理由を説明している文章に接したことから、その表現を考えつきました。あなたが気になると言われたのは、どういう点でしょうか。
中:深い意味ではありませんが、日本が一流国であってほしいというような気持ちは、自分の中にもあります。生態史観の学問的な意義よりも、そっちの方が読者にアピールしたのかな、というふうに思えましたので。
直:生態学の学問的な評価よりも、日本人の潜在意識にアピールした点を重視するということですね。よく分かりました。
猛:中道さんが質問されるまで、僕は日本人のコンプレックスなんてことは、考えもしませんでした。「第一地域」と「第二地域」との区別は、当たっているのかな、どうかな、と。でも、いまの話から、戦後の日本が置かれた状況を考えないといけないような気がしてきました。
直:猛志君の感想を聞くうちに、思い浮かんだことがあります。それは、この本の中で著者自身が世評について洩らしている意見です。この本の中に、「生態史観から見た日本」という講演の記録があります。その中で述懐されている事柄です。
中:タイトルからして、「日本」が取り上げられているわけですね。どんな内容でしょうか。
直:その中では、日本を論じるつもりで書いたのではない文章が、「日本論」であるかのように受けとられてしまうことに対する意外さ、というか皮肉な現実にぶつかった思いを表現しているのです。
中:日本を論じるつもりのない論文が、日本論のように受けとめられると。それはまた、どういうことでしょうか。
直:非常に分かりやすい言葉で、こう説明されています。「ひじょうにおおくのかたが、生態史観というものを、一種の日本論としてうけとって、そのつもりで反応しておられる、ということであります。たとえば、そういうかたは、世界における日本の地位というようなことを、おおきな問題として考えておられるので、生態史観もまた、その問題に対する解答の一つであるとおかんがえになる。端的にいえば、世界全体のなかで、日本という国は、兵隊の位でいえばどのあたりにくるか、という問題意識がつねにあって、そこで、生態史観でゆくとその位がずーっと上のほうにくるということになるので、おもしろい、あるいはおもしろくない、というような反応がひじょうにおおかったのであります。そこで、日本ははたして後進国であろうか、先進国であろうか、というようなところへ、議論が走ってゆくのであります」(文庫版141頁)。著者からすると、実に意外な反応である、というように説明されています。
中:さっきおっしゃった言葉でいえば、日本が一流国であるかないかが、読む側の関心の中心にあった。梅棹さんは、それを意外な受けとめ方とされたわけですね。
直:日本という一地域に焦点化するつもりはなく、日本やインド、イスラム、西ヨーロッパなどの各地域に言及することはあっても、それらの特殊性が問題ではなく、彼が論じようとしたのは「世界の構造」である。その意図が理解されなかったことに、がっかりしたということが述べられています。
猛:それを聞いて、自分だったらどう受けとめるだろうか、と考えました。やっぱり、世界の中での日本の地位というようなことが、気になったんじゃないか、というように思えます。先生はどうですか。
直:君と同じです。そういう反応が、日本の知識人一般の受けとめ方ではないか、という気がします。それを言い換えると、生態史観を発表した梅棹氏の立ち位置が、日本人の多くとは異なっているということが言えるでしょう。それは、梅棹忠夫という個人の問題というよりも、全体を見ようとする生態学という学問の性格がそうだからです。
生態学の脱中心性
直:これまでお二人との対話で、過去に生態学のテーマを取り上げたことがあったかどうか。記憶がハッキリしませんが……
猛:ホームページはともかく、僕たちの最初の対話『〈出会い〉の風土学』(幻冬舎、2018年)の「第1回 「風土」とは何か」の中で、生態学の考えが紹介されています。
直:そうでした。「環境」「生態系」「風土」という三つの概念が、それぞれどういうものかを講義しましたね。内容は覚えていますか。
猛:たしか、生態系は環境全体を問題にする「全体論」の立場である、といった特色が説明されたように記憶します。それ以外の細かいことは忘れましたが。
直:それで十分です。「環境」は、特定の主体とそれを取り巻く周囲の事物との関係を表すので、〈中心〉と〈周囲〉とが二元論的に対立する。それに対して、生態系では、特定の個体や種が中心になることなく、さまざまな主体が関係し合うことで成立する〈全体〉のありかたが問題とされる。だから、全体論になるわけです。
中:それで思い出しました。「環境」が二元論、「生態系」が全体論であるのに対して、「風土」はその両方を往き来する「通態化」の考えである、ということをおっしゃいました。
直:そうです、そのとおり。で、いま問題にしている生態学では、特定の中心を重視しないという考えがとられる。そのことと生態史観とは、どう関係するでしょうか、猛志君。
猛:特定の国や地域を〈中心〉として立てることなく、全体の構造を把えるということが、生態史観の狙いになると思います。
直:まさしく、そのとおり。生態学の立場に立つかぎり、部分にとらわれることのない立場をとることで、〈脱中心化〉が行われるということになるのです。
中:それは、日本人が取り立てて「日本」を問題にすることなしに、世界全体の動きに注目するということでしょうか。
直:それが狙いであるのに、そのことを理解しない読者が多いということを、梅棹氏は嘆いているわけです。生態学者である自身と日本の知識人とのギャップに驚いた、ということが、「生態史観から見た日本」の中で語られています。このことは、「日本を問う」という本シリーズのテーマに引きつけると、重大な意味をもっています。
中:「重大な意味」とおっしゃるのは?
直:日本を問う仕方に、二とおりあるということです。一つは、世界全体の中で日本が客観的にどのような位置を占めるかを問う「ザイン」(存在)の問い。もう一つは、日本の状況の下で、われわれは何をなすべきかという「ゾレン」(当為)の問い。この二つは、区別しなければならない。「生態史観」は、ザインの話であって、ゾレンの話ではない。それなのに、日本の知識人は、「われわれはどうすべきか」という「べき」を問題にしたがる。こんなふうに、「日本を問う」ことに関して、日本人は「べき」の視点に立とうとする傾向が強い、という指摘が行われているのです。
中:なるほど。「重大な意味」と言われた理由が分かりました。先生は、その点についてどう考えられますか。
直:ザインとゾレン、存在と当為とは、どちらか一方をとって他を捨てる、というような関係ではありません。この二つは、言葉を換えていうなら、ギリシア語のテオーリアとプラクシス、理論と実践の関係に相当します。ということは、理論だけが大切だとか、実践だけに意味があるということではなく、両方を結びつける〈媒介〉のあり方が重要だということになるわけです。
中:そういう考えも、本の中で述べられているのですか。
直:私がいま言ったことは、学者ならだれでも言うことで、わざわざ書き立てるほどの意味はありません。それより面白いのは、理論的研究に対して実践の指針を求めるという知識人のあり方に、著者の興味が向けられていることです。
中:知識人の「生態」が問題にされているということですね。どんな特徴があるのでしょうか。
直:日本における知識人は、政治家と非常に近い地点に立っている階層だ、という見解が示されています。知識人というものは、「自分自身が日本一国の政治の責任を負うているようなかまえになっている」と書かれています。
中:ホーッ、それをどう思われますか。
直:一理あるとは思いますが、実感としては「当たっていない」。というのは、私自身が知識人の一人だとして、政治家になりたいなどという気になったことは、一度もないからです。自分を基準にしてはいけないけれど、日本の知識人が政治家志望であるというような一般論は成り立たないと思います。
猛:横から口を挿むようですが、梅棹氏は知識人が政治家になりたがると言っているわけではなく、政治家になったつもりで天下国家について論じようとする、そういう姿勢を指しているのではありませんか。
直:そうかもしれない。講演の後半では、政治的意識と政治的実践との間に分裂が起こっている、それが第一地域の知識人であって、第二地域では、為政者意識をもった知識人は、そのまま為政者として働いている、といった対比が行われています。いまの君の言い方であれば、ナットクできる気がします。ところで猛志君、君は先ほど第一地域と第二地域の分け方が妥当かどうか、という疑問を口にしましたね。その疑問は、どういうところにありますか。
自然と文化
猛:第一地域と第二地域とを分けるというのは、生態学の観点からすると、たぶん妥当なんだろうという感じがします。日本と西ヨーロッパとが、同じグループに入ることも、理由を聞けば、なるほどとうなずけます。
直:生態学の立場から地域を分けることに対して、別に異論がないとすれば、君が抱く疑問はどういうことになりますか。
猛:まだモヤモヤしているので、うまく言葉にできるかどうか……
直:かまいません。思いつく範囲でいいから、そのモヤモヤを口にしてください。
猛:何というか、生態学的に地図を描くことにどんな意味があるのだろう、というような疑問です。
直:それは、生態学的な区分をすること自体に対する疑問、というものでしょう。何か思い当たる理由は挙げられますか。
猛:一つ思い当たるのは、たとえば、日本は第一地域、すぐ隣の朝鮮や中国は第二地域、というように線が引かれています。双方が国境で隔てられていることは事実ですが、別々の地域として切り離すことができるのかなあ、と。
直:なるほど。でも、君が言うのは、文化的に近い関係のことでしょう。生態史観が問題にするのは、生態学的な区分ですから、君とは視点が違うのじゃありませんか。
猛:たしかにそうですが、でも文化の視点を省いて生態学的な立場だけから、地域を分けても意味がないんじゃないですか。そこまで言い切るだけの自信はないのですが……
直:君の言うとおり、地域を構成する主体は国家。国家や民族は、生物の群集ではなく、政治・経済・文化などの複合的な要素によって成立する集合体です。それを考えると、地域区分に生態学以外の視点をどう取り入れるかが問題になってきますね。
中:お話を伺っていて思ったのですが、生態学は生物学の一種。そこに文化的な要素を取り入れた生態学というものは、考えられないのでしょうか。
直:一つの例を挙げましょう。生態学という学問は、植物生態学から動物生態学へと発展し、その延長として「人間生態学」という分野を開拓したとされています。シカゴ大学のパーク(R.E.Park)は、都市をフィールドとする社会学によって人間生態学の理論を唱道しています。パークは、人間の社会を「生物的」と「文化的」という二つの秩序から説明しています。
中:生態学という学問の中で、「文化」をどう扱っているのですか。
直:「生物的」というのは、「競争」(コンペティション)を基礎とする「共生」の秩序。その土台の上に、コミュニケーションを基礎とする文化的秩序が成り立つという二段階が考えられています。
猛:コンペティションとコミュニケーションとが別々に扱われているのですか。そういう考え方だと、自然と文化とが切り離されているという印象を受けます。
直:おっしゃるとおり、自然的秩序に立つコミュニティと文化的秩序であるソサエティとを二分するパークの考え方は、誤りであるという指摘が行われています。しかし、そういう機械的な初期の理論を脱却して、「自然と人間とのダイナミックな交渉過程を通して、系の発展としての人間社会の動きを、着実に理解してゆこうとする努力が、次第に集積されつつある」という見解が、梅棹氏によって示されています(梅棹忠夫・吉良竜夫編『生態学入門』講談社学術文庫、1976年)。
中:「自然と人間とのダイナミックな交渉過程」という言い方から、ベルク先生のおっしゃる「自然と文化の通態化」を連想します。もしかすると、風土学に近い思想があるような感じがするのですが。
生態学と風土学
直:梅棹氏がベルク著を読む機会があったかどうかは知りません。しかし、両者に共通する関心が認められることは確かです。梅棹氏が生態学の師と仰ぐのは、京大を中心に生態学を含む生物学の分野で指導的役割を果たした今西錦司。ベルク氏も、今西著『主体性の進化論』(中公新書)に共感したことを告白しています。
猛:生態学と風土学との共通点が、何か挙げられるでしょうか。
直:『生態学入門』は、事典の形式で生態学の主要概念を挙げて説明しています。その最初の項目である「生態学」(ecology)について、つぎのような記述が為されています。
われわれは、世界を三つの秩序において考える。すなわち、基層には物理的秩序を、中層に生物的秩序を、そして最上層には社会的・文化的秩序をおく。三つの秩序は、たがいに水準が異なっている。それぞれの水準に対応して、われわれは、物理科学、生物科学、および社会・文化科学の三つの法則体系をおく(31頁)。
これは、前回取り上げたベルク・メゾロジーの学問モデルとまったく同じ考えです、ただ一点の違いを除いて。
猛:「一点の違い」というのは、何ですか。
直:異なる秩序のあいだの「通態化」が、考えられていないという点です。物理科学・生物科学・人間科学という異なる三つの水準を往き来する通態化の理論がないために、基層である物理科学の立場に他の二つの相の意味が、還元されてしまう危険を防ぐことが困難になってしまうのです。
中:それは、惜しいことですね。生態学が風土学に近づく可能性があったのに。
直:そのとおり。しかし、ベルク理論が登場してくる以前、和辻の「風土」を梅棹氏は目の敵にしていました。「風土」は、「学問的にはまるで意味をなさない概念」(5頁)であるとか、「空想的な影響力をもった占星術的作用」(27頁)であるといった言い方で、ボロクソにこき下ろされています。
中:梅棹さんが、もしベルク先生の理論に接していたら、そういう考えが変わったかもしれませんね。学問にも〈出会い〉や〈縁〉がはたらくのだなあ、という気がします。
直:お付き合いくださって、どうもありがとう。これで、「日本を問う」シリーズを終わります。




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