1 小澤征爾と中国
このタイトルから何を連想されるでしょうか。世界的指揮者として活躍し、一昨年88歳で亡くなった小澤征爾と中国との関係。それを取り上げた『アナザー・ストーリーズ』(NHK・BS、「運命の分岐点」6月3日)を観たことで、書いてみたい気になりました。
横着な態度で申し訳ありませんが、この人について、いろいろ情報提供したいとは思いませんし、それをする必要もないでしょう――今回、この記事のためにWikipediaを参照しましたが、よく書かれています。関心のある方は、そちらをご覧ください。ここで書きたいと思うのは、小澤の人生と中国との接点、ただこの一事のみです。
番組の途中から観た関係で、どういう経緯から企画が実現したのかは不明ですが、日中国交正常化が1978年に実現した直後、中国から招かれて、北京の中国・中央楽団を指揮する演奏会が行われました。観ることができたのは、その演奏会にあたって、ブラームスの交響曲第2番が曲目に選ばれた事情を説明する場面、番組の真ん中あたりからです。それは、小澤自身の選んだ曲目ということではなく、現地に残されている古い楽譜が、それしかなかったからとのこと。楽団員にとって、ブラームスを弾くのはまったく初めての体験。北ドイツの森から生まれたような重厚な曲調を、メンバーにどう伝えるのか。映し出されたのは、まったくの無防備で相手の懐に真っ直ぐ飛び込んでいく、若いころから変わらない彼の流儀でした――学校を出てすぐ、貨物船でフランスに渡り、スクーターに乗ってヨーロッパ中を武者修行、ブザンソンの指揮者コンクールに飛び入り参加して優勝した20代から、たぶん少しも変わらないと思われます(そうした経歴は、自伝的な『ボクの音楽武者修行』にくわしく綴られています)。リハーサルでは、曲の表情を語るユニークなしぐさ。例えば、「しゃべる」――「何て言うのかな」と傍らの通訳に訊ねるやいなや――という中国語を、身振りとともにメンバーに訴える。それを聞いた奏者たちの表情がほぐれ、みるみる演奏に生気が出てくる。「奇跡のハーモニー」というサブタイトルそのままの変化が、目の前で起きるのです。本番の演奏会を聴いた人たちが発した「一生忘れない」という感想は、半世紀近い昔の画面からでも、十二分にうなずくことができる、そんな感動的なシーンが続きました。
音楽は素晴らしい。人々の心が一つになる。そんな月並みなコメントではなく、小澤と中国との〈縁〉にふれることが、小文の目的です。小澤が生まれたのは、旧満州国の奉天で、1935年のこと。歯科医であった父開作は、当時有力であった二人の軍人、板垣征四郎と石原莞爾から一字ずつとって、次男坊に「征爾」という名を与えました。「五族協和」――中国大陸の朝・満・蒙・漢に日本を加えた5つの民族が、協力し合うとのスローガンーーを信じた父の夢が、息子の名前に託されています。征爾の5歳時まで北京に暮らした一家は、開作を残して帰国、やがて父も日中戦争を前にして中国を去りました。満州国にかけた夢が、軍部によって無残に踏みにじられていく現実が、開作に深い傷を与えた事実を、番組はクローズアップしていました。
傷を負ったのは、父開作だけではありません。北京での演奏会の前に開かれたレセプションの席上、征爾は、「今回の旅行は、お詫びのための旅行です」と切り出します。「お詫び」とは、むろん、日本が戦前の中国で行った暴虐の数々に対する、日本人としての謝罪を意味します。征爾は、幼いころになじんでいた中国の人々に対する贖罪(しょくざい、罪のあがない)の行為として、中国の音楽家たちとハーモニーを奏でることに命を懸けたのです。過去についての無知に乗っかって、相手には敵対行為でしかない発言を平然と行う現在の政治家との落差が、私を突き動かして、この一文を綴らせました。
2 木岡哲学塾の活動状況
Ⅰ 木岡哲学対話の会
2026年度の第4回は、以下のとおり行われました。
◎2026年度第4回木岡哲学対話の会
《哲学の実践》
○日時:6月7日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第8会議室
○内容:
1)哲学講話:《対話の哲学へ》
哲学をめぐって対立する二つの考え――ⓐ「自分で考えること」ⓑ「専門家の営み」。
「対話」という観点から、ⓐⓑを結びつける道があることを示しました。
2)哲学対話:《宗教問題(安倍元首相暗殺事件)再考~動き続ける魂の視点より》
国家と宗教との関係が深く反省されないまま惹き起こされたテロ事件を手がかりに、ソウル・セイヴィングが必要となる現実についての問題提起が行われました。
◎3年3カ月にわたる上記の会場使用は、今回で終了となりました。次回(7月5日)以後は、会場を大正区コミュニティ・センター(大正会館)に移して、これまでどおりの要領で開催されます。会議室は20名収容。これまでよりも参加しやすい、余裕のあるスペースとなります。関心のある方は、参加をご検討ください(連絡先は、n.kioka@s3.dion.ne.jp)。
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Ⅱ 哲学ゼミ
5月に行われたゼミは、次のとおりです。
〇日時:2026年5月24日(日)13:00-16:00
○内容:
1)ルソー『社会契約論』第2回
テクストの第一編「第六章 社会契約について」から「第九章 土地支配権について」までを読み合わせて、検討しました。次回から第二篇に入ります。
2)その他
主宰者が3月30日に行った講演「東アジアにおける〈中〉の思想」(於東アジア哲学研究会)の内容を紹介しました。
Ⅲ 個人指導
参加者個々の事情に合わせて、読書指導・論文指導・発表指導などを続けています。常時7,8名を相手に、3~4週に1回程度のレッスンを継続しています。「木岡哲学対話の会」や他の催しでの発表に合わせた指導も行っています。遠隔地に移住したメンバーとは、Zoomを利用したリモート形式の指導を行っています。参加者と相談して取り上げてきたテクストには、次のようなものがあります。
プラトン『ソクラテスの弁明』『クリトン』『ゴルギアス』『国家』、ベルクソン『道徳と宗教の二源泉』『思想と動くもの』『精神のエネルギー』、ホワイトヘッド『過程と実在』、サイード『パレスチナ問題』、アレント『責任と判断』、『中庸』、『荘子』、山内得立『新しい道徳の問題点』『意味の形而上学』、和辻哲郎「日本語と哲学の問題」、宗左近『宮沢賢治の謎』。