1 「てっちり会」のこと
「てっちり会」――何じゃ、そりゃ!? いえ別に、「てっちり」(ふぐ鍋)を囲んでつつき合う会、ということではありません。正式名称は、「地理哲学研究会」。哲学の「哲」と地理学の「地理」とをくっつけると、「てっちり」となるところから、根がマジメな研究会を茶化してつけた通称です。2000年代後半から2012年――脳卒中で私が斃れた年――ころまで、地理学分野の若手研究者で哲学思想にも関心を寄せる人たちが、私の周りに集まってくれ、年数回の勉強会を開くことができました。20年近く前に遡るこの会のことを思い出すきっかけになったのは、面識のない著者の方から最近贈呈された研究書の存在です。
野尻 亘『「地政学」批判 生と風土』藤原書店、2025年3月(副題の「生」には「レーベン」というドイツ語の読みが振ってあります)。500頁を優に超える大著の中で、一箇所、私の旧い論文(「「地理的決定論」再考――『風土』の批判的受容をめぐって」『関西大学文学論集』57(3)、2007年)への言及があります。そういうご縁から寄贈いただくには、ご本が立派すぎて恐縮する以外にありませんが、当方の研究歴についても関心をもたれているゆえのお取り計らいかと考え、ご厚意をありがたく頂戴しました――野尻先生からいただいた情報を、「新着情報」の2に掲載しています。ご一読ください。
「てっちり会」の看板どおり、哲学と地理学との〈あいだ〉を開き、地理哲学――風土学の別称です――を開拓していこう、というのが会の狙いでした。地理学は、「場所の科学」(ヴィダル・ド・ラ・ブラーシュ)とも呼ばれるように、人間を含む事物のあり方を空間(場所)に結びつけて考える学問。哲学は、もともと時間・空間の本質を追究しています。人間存在の構造を空間的・地理的観点から追究した和辻哲郎は、日本における「地理哲学」の草分け。彼が掲げた「風土学」を、私が継承しようとしてきたことは、このHPに付き合ってくださる方なら、たぶんご承知のことでしょう。地理学者であるなら、問題にして当然と言える哲学的テーマがたくさんあり、「地政学」もその一つ。19世紀ドイツの地理学者ラッツェルを中心に創始された地政学(ゲオポリティーク)が、どういうものであるかを簡単に説明することは難しい。野尻先生の大著に尻込みされる向きには、『風土』第五章での和辻の短い説明が参考になるでしょう。一例として、交戦中のロシアとウクライナとの関係。隣接するウクライナの西側への接近が、自国の安全にとって脅威であるという「地政学」的理由から、ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。国家相互の地理的位置関係から生じる政治の問題を考えるのが、地政学です。現在、世界中で起こっている国家間の戦争や地域紛争の意味を明らかにするには、地政学の視点が欠かせません。
てっちり会では、若い意欲的な研究者たちが、多彩なテーマを持ち寄って発表し、真剣に討議しました。オギュスタン・ベルクは、自伝的な小著の中で、「地理学者は自分の足で考える」というジャン・デルヴェール(パリ第4大学)の格言を引いています(拙訳『風土学はなぜ 何のために』関西大学出版部、2019年、13頁)。そのとおり、フィールドワークをつうじて「足で考える」地理学者たちの着想から、多くを教えられたことが記憶に残っています。その中でも、地名を常識的な意味での「固有名詞」ではなく、「普通名詞」であると把えたOさんの鋭い見解などは、鮮烈な印象を残しています。地名の意味をレトリックの観点から考えるという、それまで自分になかった見方が生まれたことは、この会から得られた大きな収穫です。昔の記憶をたどりながら、「足で考える」地理学者との交流は、もうこの歳になっては無理かな、などとつぶやく足弱の自分がここにいます。
2 文献資料の提供について
1でご著書を紹介した野尻 亘先生から、ご著書に引用されたか、もしくは「関連する欧米の図書や論文のコピーを匿名無償で差し上げたい」とのメッセージをいただきました。巻末の「引用文献」(邦文・欧文)リストは、地理学・哲学はもとより、現代思想全般を覆う広範な内容で、20ページにも及びます。専門研究者以外の関心にも応えるライブラリーではないかとお見受けします。先生からのご提供を希望される方は、先生宛に直接ご連絡ください。
野尻 亘 先生(桃山学院大学名誉教授)
e-mail:w-nojiri@andrew.ac.jp
3 木岡哲学塾の活動状況
「木岡哲学対話の会」「哲学ゼミ」「個人指導」について、それぞれの近況をお伝えします。
Ⅰ 木岡哲学対話の会
年間のテーマは、「環境問題」。「哲学対話」の発表内容は、参加者によってさまざまですが、参加者が自身にかかわるテーマを、「最も広い意味での環境問題」という文脈において考える、ということが狙いです。私の担当する「哲学講話」のテーマ・内容は、後に続く「哲学対話」に連動するように配慮して組み立てられています。
◎第4回
日時:6月1日(日)13:00-16:00
会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
内容:
《物語と対話》
- 哲学講話:《〈語り〉からの出発》
『風景の論理』(2007年)で提示した風景経験の構造――原型(X)・基本風景・原風景・表現的風景から成る――を風土学的実践に重ね合わせる試みを行いました。沈黙の実践から言語による〈語り〉へ、さらに〈対話〉へ、という展開が、風景の図式を活かすことによって確かめられました。
つづいて参加者のお一人から、「木岡哲学対話の会のご案内」として作成された見取図が披露され、絵図の情報を解説する生成AIの音声(会話)――チャットポッド――を聴きました。次回発表予定の「生成AIの光と影」を先取りする興味深いプレゼンでした。
- 哲学対話:《信と知――来し方を振り返って》
長年にわたって信仰の道を歩みながら、管理栄養士としての社会活動をつうじて学問に目覚め、やがて哲学に心を傾けるに至った発表者の自分史が語り出されました。
3)その他
参加者のお一人から、全員による討議を希望するテーマが提案されました。
Ⅱ 哲学ゼミ
日時:5月18日(日)13:00-16:00
会場:木岡自宅
プログラム
1)『国家』第四巻
国家と個人に共通するとされる徳――〈知恵〉〈勇気〉〈節制〉〈正義〉――のあり方を論じる第四巻について、詳細な内容検討が行われました。
- 共同討議
国家と個人の関係をめぐって、参加者(2名)の関心から問題提起が行われ、意見が交換されました。
次回は、6月29日(日)に行われる予定です。
Ⅲ 個人指導
レクチュア・読書指導・語学指導・論文指導などを、自宅で行っています。自己研鑽のためのレッスンが中心ですが、「木岡哲学対話の会」で発表するための助言も行っています。それぞれに関心のあるテーマに即して、テクストを読解し、論文を作成してもらうなど、個々のニーズに即応するゼミとなっています。
◎HFさんの場合:
社会人として教育活動に携わりながら、詩人としての創作を続けている。関大のゼミでは、「詩と哲学におけるコスモロジー」をテーマとする卒論を制作。卒業後も「木岡哲学対話の会」に参加して、研鑽に励んできました。レッスンでは、①詩論、②作品批評の二つを標的に、批評文の制作の仕方を助言しています。