1 アジアの留学生
中国と韓国から日本に来た三人の留学生を自宅に迎えて、レッスンを行っています――と現在形で書けるのは、今月初め(9.1)の一回についてだけ――うち一人は今月中に帰国するので、まもなくレッスンの相手は二人になります。
中国武漢出身のH君とは、関大在職最後の2019年に知り合いました。その年の4月、初年次生向けの「知へのパスポート」という授業で出会って以来、退職後も付き合いが続き、彼が関大を卒業して京大人間環境学研究科に進学し、博士課程に入った現在まで、通算で6年半という長い付き合いです。彼の専攻テーマは、仏教を中心とする日中近代の文化交流史。日本は、古代以来、仏教はじめ先進的な文物を中国から導入して学び続けてきたものの、19世紀後半からの西洋近代文明との接触において、この偉大な隣国に先んじました。日本が中国を手本として学んでいくという従来の主客関係が、西洋に倣う近代化が始まるや、逆転したかのごとき様相を呈します。H君の修士論文は、日本の仏教の中で、明治期に内部変革を体験した浄土真宗が、海外での布教活動をつうじて中国国内の浄土教といかにかかわりあったかを、日中それぞれの当事者の視点から描き出すというもの。学部入学の時点で、すでに同年代の学生とは比較にならない豊富な知識量と先鋭な問題意識を印象づけていた彼から、中国の伝統文化について教えられたことは数知れず。現在の私が、「〈中〉のロゴス」としての「中庸」に注目するようになったきっかけは、H君との対話にあるといっても過言ではありません。
H君は3年前、相川のオフィスから中国向けに「近代日本の「哲学」」を語るよう私に求め、動画中継の企画を実現してくれました。その折、万を超える視聴者の中で、日本の哲学に関する鋭い質問を投げかけた北京大学の大学院生が、T君。その中継では、こちらの姿が映されるだけで、先方の表情などは分かりません。三木清と和辻哲郎について、驚くほど明晰な日本語で質問してくれた人の印象は、消えずに残りました。今年1月、H君とのレッスンの折に、博士論文準備中のT君がいま京大に留学していることを知り、それならと拙宅に招いたところ、2月から二人そろってのレッスンを行う運びとなり、月一回、半年余りの付き合いが続きました。共産党が政権を担う中国のマルクス主義。その研究にとって、重要な意義をもつ日本の思想は、廣松渉の哲学とマルクス経済学の理論だということです。しかし、それ以外にも、西田幾多郎や和辻哲郎などの哲学から、自身の参考になる要素を探り出そうとするT君の意欲的な姿勢に驚くと同時に、日中間の哲学的対話がない現状をどうにかして変えられないか、という感を深くしました――欧米の片々たる文献は紹介されても、現代中国の哲学については、翻訳すらほとんどないというのが日本の現実です。
今月中に帰国するT君が、最後のレッスンに伴ってきたのが、韓国人留学生S君。学部生時代に兵役――ご存じのとおり、韓国には徴兵制があり、学生も動員されます――を体験するなど、日本人学生にないキャリアをもつS君は、初対面にもかかわらず、H君、T君に伍して臆することなく、日本の哲学に関して堂々たる意見を開陳し、今後が楽しみな逸材であることを証明しました。三人の留学生が顔をそろえた一回きりのレッスンは、日中韓のアジア三ヶ国が、たがいに他の二者を鏡として、そこに自己の姿を映し出すという、稀有のあり方に思い及ぶ機会となりました。私の考える「三人対話」の理想形がこれだ!とまで言ってよいかどうか。ともかく、こういう形の対話が続けられたら、という思いが生まれたことは事実です。H君、S君とは、これからも付き合いが続きます。
2 講演会のお知らせ
来る10月18日(土)、「おおさか脳卒中の会」9周年を記念する講演会に招かれ、「〈あいだ〉を開く対話」と題する講演をすることになりました。詳細については、チラシをご覧ください。
3 木岡哲学塾の活動状況
9月に入っても衰えを見せない酷暑の中、休止していた活動を次のとおり再開しました。
Ⅰ 木岡哲学対話の会
9月7日(日)に、本年度の第6回を開催しました。
第6回木岡哲学対話の会
《〈かたち〉から〈かた〉へ》
〇日時:9月7日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第8会議室
〇内容:
- 哲学講話:《〈かたち〉と〈かた〉のあいだ》
7月に取り上げたテーマ《沈黙と語りのあいだ》を承け、「沈黙」を〈かた〉、「語り」を〈かたち〉に置き換え、私のライフワーク〈かたちの論理〉の一端を紹介しました。
2)哲学対話:《もう一つの人生――あきらめないために》
15年前の高次脳機能障害の発症以来、発表者がたどってきた社会復帰に向けた歩み、復職後に行われた最近のウズベキスタン旅行の成果が、スライドを利用して語られました。
- その他
7月に発表された生成AIの最新情報が、発表者から提供されたほか、現在使用している貸会議室の業務終了(2026年6月末日)にどう対応するかをめぐって、意見が交わされました。
Ⅱ 哲学ゼミ
今月は、以下のとおり行われます。
〇日時:9月21日(日)13:00-16:00
〇プログラム
1)『国家』第七巻の読解
哲学と哲学者のあり方をめぐって、「洞窟の比喩」などの重要箇所を含む本巻について、参加者からの報告を受けて議論が行われる予定です。
- 発表と討論
発表テーマは、「甘えの構造における「失敗の責任」の解釈」
土居健郎著から、「責任」に焦点を合わせた研究発表が行われる予定です。
3)その他
Ⅲ 個人指導
帰阪してすぐの8月31日から、レッスンを再開しました。立場や関心の異なるレギュラー数名と、それぞれの事情に合わせて2~4週に一回程度、レッスンを続けています。数か月から年に1回程度、特別な意見発表の機会に合わせて、相談に訪れる方も何人かいます。