毎月21日更新 エッセイ

〈かたち〉を考える(4)――新しい道

直言先生:明けましておめでとうございます。今年も、お付き合いをよろしくお願いします。年明け最初のテーマですが、前回の対話の最後に、〈かた〉に「道」が関係するという考えを申しました。今回、ここしばらく考えている「道」というテーマについて、お二人と議論したいと思うのですが、いかがでしょうか。

猛志君:あのとき、〈かた〉イコール「道」というような言い方をされたので、それがどういうことなのか、見当がつきませんでした。ですから、ぜひその話の続きを聞かせてほしいところです。

中道さん:「道」は、私のような学問の素人にとっても、身近な言葉です。私の名前も、「道」を含んでいます。それを先生がどう論じられるのか、非常に興味があります。

直:お二人に賛成していただいたので、さっそく始めましょう。ではまず、中道さん、「道」から考えつくことを、何でもよいから挙げてください。

中:「道」のイメージですか。身近すぎて、逆に説明しにくい気がします。

直:何でもよいから、一つ挙げてみてください。

中:とりあえず挙げるとすれば、「目的地へ移動するために必要な手段」でしょうか。

直:結構です。「移動するために必要」ということは、道がなければ移動できない、ということでしょうか。

中:ええ、おっしゃるとおり、道がない場合は移動することができません。

直:目的地はある、けれど行く道がない。そういう場合は、どうするのですか。

中:……

猛:僕から言わせてください。「道なき道」を行けばいいのです。最初に道がない場合、道をつくりさえすれば、目的地に向かうことができます。

直:いきなり、本質的なポイントが指摘されました。お二人の言われたことは、古来「道」について語られてきた二通りの考えを代表しています。「道」について、二つの違った考えが成り立つということを、講義で説明します。

 

講義:二つの「道」

「道」は、古く中国に生まれ、後に日本に入ってきて根づいた思想で、中国と日本の文化を代表する最も重要なキーワードです。「道」(中国語daoと言えば、老子以来の道教を思い浮かべる人が多いでしょうが、「道」は儒教にとっても根本的な概念であって、古代以来、中国の人たちの発想を根本から支えてきました。この点を物語る一例として、『老子』ではなく、儒教のテクスト、『論語』『孟子』『大学』と並ぶ「四書」の一つ『中庸』から、引くことにします。

ⓐ天の命ずるをこれ性と謂う。性に率(したが)うをこれ道と謂う。道を脩(修)(おさ)むるをこれ教と謂う。道なる者は、須臾(しゅゆ)も離るべからざるなり。離るべきは道に非ざるなり。

(天が、その命令として[人間や万物のそれぞれに]わりつけて与えたものが、それぞれの本性(もちまえ)である。その本性のあるがままに従っていく[とそこにできあがる]のが、[人として当然にふみ行なうべき]道である。その道を治めととのえ[てだれにも分かりやすくし]たのが、[聖人の]教えである。道というものは、[いつでもどこにでもあるもので、]ほんのしばらくの間も人から離れることのないものである。離れられるようなものは、真の道ではない。)(『中庸』第1章「一」、金谷治訳、岩波文庫、1413)

『中庸』冒頭のこの一節は、天の命令(天命)に従って生きるのが、人の道であるという思想をうちだしています。この考えは、中国のみならず日本においても、朱子学を取り入れた江戸時代の封建道徳の柱となりました。『中庸』は、孔子の孫である子思の作とされていますが、冒頭の「天命の性」にもとづく「中庸」「中和」の徳を説く前半と、「誠」を強調する後半との続き具合からして、子思一人の手で完成されたものではなく、後世の解釈が加わって仕上げられた一書とされています。

「人の道」を「天の道」に結びつける思想が、中国では古代から社会を支配してきたという事実。人が生きるということは、天の定めた道に従うことである、という点にかけては、「無為自然」をモットーに掲げる道教も、道徳的規範を重視する儒教も、同じ考えに立つと言ってよいでしょう。この基本的な考えが、道の思想の一つを代表します。

しかし、道の思想は、ⓐのようなタイプばかりではありません。それとは対極的、ほとんど正反対と言ってもよい、別の考え方も見られます。次に紹介するのは、20世紀の中国を代表する作家、魯迅の「故郷」という作品の最終部です。この作品は、中学3年生用「国語」教科書に掲載されているので、ご存じの方も多いかと思われます。

ⓑ思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。(竹内好訳、岩波文庫、99頁)

 「道」とは、もとからあるものではなく、人がつくるものだという思想。講義直前の猛志君の発言に重なりますが、同じような考えは、日本人の中にも見られます――例えば、高村光太郎の詩「道程」冒頭の「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」などが、代表的な例。道は天与のものではなく、人がつくるものだという考えは、おそらく至るところにあると考えられるでしょう。「私も同じように考える」という声が、あちこちから響いてきそうです。ここで、あえて魯迅の「故郷」を例に挙げたのは、中国社会を古くから縛ってきた道教・儒教の「道」の思想に対して、反旗を翻すことのもつ格別の重さに、注目していただきたいからです。もっとも「故郷」という作品は、作者自身の体験を語ったような雰囲気の作品で、その中にイデオロギー的な色合いはまったく見られません。訳者竹内好は、次のように説明しています。

 魯迅は1919年の末に、帰郷して家を整理し、一家をあげて北京に移住している。そのときの体験を加工したものであろう。過去と現在、自と他、願望と挫折などが主人公「私」の行動において統一され、破綻のない、未来性をもった作品世界が構築されている魯迅の代表作の一つである(同書2445頁)

私は、このコメントに同感します。そのうえで、中国前近代の身分社会の暗黒面を伝える内容でありながら、「未来性をもった作品世界」と評される理由が、引用した最後の一文にあるかと思われます。同じ作品集『吶喊』(とっかん)に収められた有名な「狂人日記」について、竹内は、「中国の旧い社会制度、とくに家族制度と、その精神的支えである儒教倫理の虚偽を曝露することを意図している点では、当時の新思潮と共通の認識に立っていた」(242頁)と評しています。「天の道」「人の道」に従わせようとする儒教的世界の重圧から、人間を解放して、自己の生きる道を自分自身がつくっていくという自覚を促す意識が、魯迅にはあったと私は考えます。

 「道」とは何かについて、同じ中国から、まったく対照的な二つの考え方を取り上げて紹介しました。ここから議論を再開しましょう。

 

議論再開

直:「道」についての二つの考え、お二人はどう受けとめられましたか。

中:『中庸』に「道」の思想が説かれていることを、これまで知りませんでした。「中道」という私の名は、儒教にルーツがあると受けとってよろしいでしょうか。

直:そうです。『中庸』第11章に、「従容中道、聖人也」(従容として道に中[]たる、聖人なり)という表現があります。「中道」とは、「道に中たる」つまり「道にかなっている」ということです。

中:「道に中たる」が、中道ということですか、フーン。教えていただいた尻から、こんなことをお訊ねして恐縮ですが、たとえば「中途半端」は、「不徹底」という悪い意味で使われます。「中」であることに、どうして価値があると言えるのでしょうか。

直:『ロゴスとレンマ』「第九「中」の概念」の中で、山内得立が、あなたと同様の疑問を述べています。「過多と過少の中間」というだけのことなら、そういう「中」の存在に、「最善」という意味がどうして与えられるのか、と。

中:へぇー、そうですか。で、山内先生はそれにどういう答えを出したのですか。

直:彼が参照した文献は、『中庸』とアリストテレス『ニコマコス倫理学』の二つ。どちらも、「中庸」の徳を認めているものの、存在において中であることが、なぜ最善の価値に結びつくのかを説明していない、として批判しています。

中:中位であるということが、どうして善いと認められるのか。書物の中では、その理由が説明されていない、というわけですね。

直:そういうことになります。今回、『ロゴスとレンマ』の当の箇所を読み返してみましたが、微妙な論点はいろいろ挙げられていても、決定的な理由は見つからない、というふうに書かれています。

猛:横から口を挟んで、すみません。「中」を主題にする古典で、なぜそれが善いのかが説明されていないというのは、オカシイと思います。どうしてですか。

直:君の考えを訊きたいと思っていたところだから、ちょうどいい。そのことの最大の理由は、山内のイメージしている「中」の概念が、子思やアリストテレスが認めていた「中」本来の意味から、ズレているのではないか、ということです。

猛:ズレているって? それは、山内が二人の思想を誤解している、ということですか。

直:簡単に言うと、そういうことです。山内の考える「存在としての中」とは、「二つのもののあいだ」。過多と過少の中間、といった存在のあり方のことです。もし、それが「中」の唯一のあり方だとするなら、そういう意味での中間的な存在に価値がある、といった理屈は成り立たない。山内が批判するとおりです。

猛:ということは、そういう中間的な意味とは異なる「中」を、子思やアリストテレスが考えていた、ということでしょうか。

直:まだ断定できる段階ではありませんが、私の感触では、そういうことになります。

中:先生のご本では、龍樹『中論』から山内が考えついた「テトラレンマ」を、先生ご自身も「中の論理」としてお認めになっています。両否から両是へ、という「即の論理」が「中の論理」である。そう主張されているように、私は受けとめています。

直:そのとおり、そういう理解で間違いありません。中国やギリシアになかった「中」の概念を、はじめてうちだしたのが、インドの龍樹(ナーガールジュナ)である。その龍樹の「即の論理」こそ、「中の論理」であるということを山内が主張し、私自身もそれを信じてきました。あなたの指摘されるとおりです。

中:いまのお話では、これまで信じてこられた「中の論理」について、先生のお考えが変わった、というふうに聞こえます。そう受けとっても、よろしいでしょうか。

 

「中の論理」再考

直:ええ、そうとってくださって構いません。私の考えが変わったとすれば、それは、山内が軽視した中国の思想、とりわけ今回取り上げた「道」について、最近考える機会が生じたことによります。

猛:「道」が、「中の論理」を考えるきっかけになった、というのはどうしてですか。

直:ポイントは、大きく二つ。一つは、『老子』最大のキーワードである「道」が、万物の始原、根源であると指摘されていること。もう一つは、そういう「道」が、先ほど引いた『中庸』の中で、まさしく「中」のあり方とされていることです。

中:いま挙げられた二点は、書物の中で具体的に説明されているのでしょうか。

直:第一点に関して、『老子』第42章に、「道は一を生ず。一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」(小川環樹訳、中公文庫、86頁)とあります。「一」「二」「三」が何を指すのか、諸説があるものの、「道」から万物が生じるという点は変わりません。第二の点については、先に引用した『中庸』第一章「一」に続く「二」の中で、「喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。発して皆な節に中(あた)る、これを和と謂う。中なる者は天下の大本なり。和なる者は天下の達道なり。中和を致して、天地位し、万物育す」144頁)とあるように、中和が世界中どこでも通用する道(達道)である、という大原則が示されています。

猛:どちらの点も、リクツがよく分かりません。たとえば第一点。「道」から万物が生じるとされていますが、「道」自体は、いったい何ですか。「万物」を生み出すとされる道そのものが、万物から区別されるとすると、「道」自体は何になるのですか。

中:私の方にも、同じような疑問があります。山内が具体化した「中の論理」では、「中」は何か存在するものではなく、〈両否から両是へ〉「即」転換することだとされています。「中」を表す「道」は、存在するのでしょうか。

直:お二人そろって、非常に難しい哲学的なポイントを突いてこられました。すぐには答えられませんが、一つの解釈として、あらゆる存在がそこから生まれる「道」自体は、「無」であるとする解釈があります。

猛:かりに「道」が無であるとすると、二点目の「中」についての説明とうまくつながりません。というのは、その説明では、喜怒哀楽の感情が未だ発せざる状態を「中」という、とされているからです。喜怒哀楽が未発であるというのは、それが「無」であることではないと思います。『中庸』で言う「中」とか「和」とかいうものは、『老子』が説くような宇宙の根本原理ではなく、バランスの取れた精神状態、というぐらいの意味ではないでしょうか。それぐらいのことなら、いちおう理解できます。

直:いや、鋭いツッコミですね。参りました。常識的に考えるなら、「中」は物事が極端に偏らないあり方、文字どおり「中庸」とか「中正」ということを意味します。「中」を「道」に重ね合わせたのでは、そういう「中」の元々の意味が失われてしまうのではないか、と。君の疑問はもっともです。

中:いまのお話から、「中道」の意味が気になってきました。政治の世界には、保守・中道・革新の三つの立場があって、「中道」は左右のどちらにもブレない王道だ、という主張を聞いたことがあります。でも、そういう説明を聞いて、本当かしらと疑ったことがあります。

猛:政治にくわしい僕の友人は、中道政党なんてものはマヤカシだ、左右どちらでもないと言いながら、そのときどきの政局によってコロコロ姿勢を変える日和見主義にすぎない、と断定しています。

直:あっ、そう。で、君はいかがですか。その友人と同じ意見ですか。

猛:ま、そうですね。違う点があるとすれば、「中道」というものが何であるか、きちんと定義されたなら、それを認めてもいい気持ちがある、というぐらいのことですかね。

直:ならば、中道さん、「道に中(あた)る」ということに、どんな実質的意味があると考えられますか。どうですか。

中:それこそ、私からお訊ねしたいポイントです。もしも「中道」が、保守と革新を足して二で割る、というようなものでしかないのなら、それが正しいという主張は成り立たないと思います。中道とは何かが説明されなければ、王道もへったくれもありません。

直:なるほど。「中道」が意味をもつためには、「二つのものの中間」というだけではだめだ、と。そういうことですね。

中:そういう「中道」本来の意味というのが、何なのか、いまだによく分かりません。

直:「中」は、そのまま「道」のあり方を指すのではないか、と私が考えついたのは、そこからです。というのは、『老子』が言うとおり、「道」とは、そこから「一」や「二」「三」さらに万物が生まれてくるような根源を表す言葉だからです。

中:「二つのものの中間」というだけではなくて、二つのものを含めてあらゆるものを生み出す根本原理が、「中」であると。そういう受けとめ方で、よろしいでしょうか。

直:ええ。山内得立の唱える「中の論理」では、最初からAと非Aとの対立が前提されている。そういう対立の手前に、対立を生み出す根本原理があると考えられる。それが、「道」と呼ばれたのではないか、というのが私の考えです。

猛:しかし先生、道徳としての「中庸」は、万物を生みだす根本原理という意味での「道」とは違う、ということを先ほど認められました

そう、そのとおり。ですが、道徳的実践における「中」と、宇宙の根本原理である「道」とを、重ねて考えてみてはどうか。もしそれができたなら、中道さんの疑問に答えが出るかもしれません。

中:ありがたいお話です。勝手ながら、そうあってほしいと願います。

 

「道」とは何か

直:「中の論理」について、私がいま申し上げられるのは、これからそれをじっくり考え直す必要がある、ということだけです。ここから、最初に切り出した「道」というテーマに立ち返って、できるかぎり考えてみたいと思います。「道とは何か」について、お二人はたがいに異なる見解を示された。猛志君、思い出していただけますか。

猛:はい。中道さんが、道を「目的地に到達するための手段」だと言われたことに対して、道がない場合はどうするのか、と先生が返された。それに対して、僕が言ったのは、道がなければ、道をつくればよいということです。そこから、「道」をめぐる二つの違った考えが講義で紹介されました。

直:そうです。お二人の意見の相違は、古代以来の中国における伝統文化と、それを乗り越えようとする魯迅のような知識人の立場との、対立にほかならない。そういう事情について、講義で説明したわけです。

中:二つの考え方が対立するという点は、私にもよくわかります。しかし、先生がどちらの考えをよしとされているのかについては、まだ伺っていません。

直:そうですね。それにお答えする前に、確認の意味で中道さんにお訊きしたいのですが、道は「有と無の両方に開かれている」という言い回しが、何のことだかわからない、と前回おっしゃった。その点は変わりませんか。

中:少し変わりました。そこで言われているのが、「道はあるともいえるし、ないともいえる」ということなら、何となく腑に落ちる気がします。

直:「有と無の両方に開かれている」というのは、まさにそういうことです。中道さんの意見は、「道」がある場合は、それに従うべしという考え、猛志君の意見は、道がない場合は、それをつくるべしという考え。どちらも正当な意見であって、間違いはありません。

中:よくわかりました。では、先生のお考えは、われわれ二人の意見をどちらも肯定する、ということですね。そういう理解でよろしいでしょうか。

直:ええ、それで結構ですが、対立する意見がどこから出てきたのかを考える必要があります。ここで、お二人に改めて質問します――あなたにとって、「道」とはどういうものですか。

中:私から答えさせていただくなら、「道」とは、その存在を忘れてはならない決まりごとだと考えます。「人の道」を踏み外してはいけない、といった儒教の考えに、大きな意味があると感じています。

直:そうですか。そうおっしゃるからには、「道」は正しい行き方である、という信念があるということになりますね。

中:そうです。引用された『中庸』の「天の命じた性に従う」という一句を読んで、これだ、と思いました。

直:わかりました。猛志君も、同じ意見ですか。

猛:僕の考えは違います。「天命」とか「人の道」とか言われるものは、人間の考えついた概念にすぎません。それを「理念」(イデー)として認めるかどうかについては、理性による批判が必要です。そういう批判の手続きなしに、「天」を引き合いに出して、「道」を無条件に認めるのは、危険だと思います。

直:そうですか。いま「危険」だと言われたのは、どういう理由からですか。

猛:体制が、人民に対して「正しい道」を強調するのは、道徳を支配の道具に利用しているからです。中国の儒教道徳がそうであるからこそ、魯迅は「もともと道というものはない」と書いて、反論したのではありませんか。

中:猛志君が、私と違った考えに立たれる理由は、いまの説明で分かりました。けれども、人民が従う一般的なルールというものがなければ、社会は混乱して無秩序になります。「道」は、そうならないために守るべき基準として、必要ではありませんか。

猛:必要かもしれませんが、それを批判したり拒否したりする自由が、人民には保障されるべきです。

直:興味深いやりとりですが、今回の対話をもうすぐ打ち切らなければなりません。切り上げる前にお訊きしますが、お二人は「道」と名のつく文化的な営為に関係されたことはありませんか。

中:前に、謡を習っていたことがあると申し上げました。下手の横好きですが、いちおう「芸の道」に関係したことがあります。

猛:僕は中学生の頃、一年だけですが、柔道場に通っていました。現在でも、他の武術や格闘技に興味があります。

直:芸能であれ武術であれ、日本の伝統文化には、すべて「道」という名がついています。習い事の世界では、「書道」「華道」「茶道」等々というように、「道」を名乗らないものは存在しない、と言ってよいぐらいです。なぜ日本人は、そんなに「道」にこだわるのだろうか。私は最近、そういう問題に関心を向けています。

中:これまで先生は、〈かたち〉と〈かた〉の関係をめぐって、伝統芸能や武術に言及されています。その関心が、いっそう深まったということでしょうか。

直:それもありますが、一つの理由は、中国思想における「道」と日本の伝統文化との関係が、気になるということです。「道」が、中国から日本に入ってきて、鍛錬すべき専門領域を表すようになったのは、1112世紀ごろとされていますが、中国の「道」の思想と日本の伝統文化との関連については、ハッキリしません。

 

新しい道をひらく

猛:僕の理解では、先生が〈かたちの論理〉を築き上げようとされている裏には、世界をつくり変えるための理論を構築する、という事情があると思います。「道」と伝統文化とのつながりを問題にされているのは、そういう狙いに立ってのことではないか、と考えたのですが、当たっているでしょうか。

直:よく言ってくれました。「もって瞑すべし」というところです。ご指摘のとおり、私の関心は、過去から続く〈かた〉(型)を保ちつつ、それをいかにつくり変えるか、という点にあります。「道」と名の付く伝統文化の修業では、〈型〉を修得することと、〈型〉をつくり変えること(型破り)とが、不可分の一体として考えられるのです。「道」の思想として言うなら、「道を離るべからず」と「道をつくるべし」という正反対の命題が、両立しなければならないわけです。

中:私には、猛志君のようにズバッと急所を突く言い方はできませんが、先生が苦心されていることは、それなりに理解してきたつもりです。「道」に関して、先生が特に言おうとされているのは、どういうことなのか、聞かせていただけないでしょうか。

直:道から外れないよう、道を忘れずに生きよ、というのが『中庸』のメッセージで、そのとおりだと私は思います。儒教と道教、思想の内容は異なっても、「道」の根本的意義を認める点では一致しています。問題は、そういう「道」が何かということです。「道」とは何か。この問いに、君は答えられますか、猛志君。

猛:道とはこれだ、という形で示すことはできません。だから、答えられません。

直:そうでしょうね。でも、だからといって、「道」はないということになるでしょうか。

猛:なりません。道はあるとしても、〈かたち〉にして示すことはできないと思います。

直:それはまた、どうしてでしょう。

猛:魯迅が言ったように、道はつくられるものだからです。誰かが「道なき道」を歩むところから、道らしきものが生まれる。それを他の者が歩むことによって、「道」が出来上がる。そういうことだと、僕は考えました。

直:そのとおりだと思います。魯迅が言いたかったのは、一人一人が自分の生き方を貫いて、自分の道をつくれ、ということ。そういう人間が増えることによって、旧来の道徳に縛られ続けてきた中国社会が、変わるということです。

中:おっしゃることはよく解ったつもりですが、それだと個人個人がバラバラに自己主張する無秩序な社会になる恐れがあるのではないでしょうか。

直:その恐れは、まずありません。他の誰とも違う独自の道を歩もうとする人は、世の中にごく少数しかいないからです。私の知るかぎり、世の人々は、他の誰も歩んだことのない道を一人で切り拓くのではなく、他人のつけた道に従おうとします。正月早々、「道」を取り上げたのは、誰とも異なる自分の道を歩もうとして、日々闘っている人に向けたエールのつもりです。お二人、本年もどうかよろしく。

中・猛:こちらこそ、よろしくお願いします。

[参考文献]

・『大学・中庸』金谷治訳注、岩波文庫、20141998年。

・『老子』小川環樹訳注、中公文庫、19771973年。

・魯迅『阿Q正伝・狂人日記 他十二編(吶喊)』竹内好訳、岩波文庫、20221955年。

・魚住孝至『道を極める――日本人の心の歴史』(放送大学大学院教材)NHKブックス、2016年。

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