毎月21日更新 エッセイ

〈かたち〉を考える(5)――道と日本人

聖人の道

直言先生:前回、「道」について二つの考え方があること、そのどちらにもきちんとした理由があるということを、私から申し上げました。そのことをふまえて、「道」という奥深いテーマをさらに追究するというのが、今回の対話の狙いです。前回、余り立ち入ることができなかった日本人と道の関係についても、少し考えてみたいと思います。お二人、ご異存はありませんか。

中道さん:ありません。私が、中国に昔からある「天の道」「人の道」に従って生きるべきという思想を受け容れたのに対して、猛志君は「道をつくる」という別の考え――先生は、魯迅の「故郷」を例に引かれましたが――を主張しました。この二つは、正反対の考えなのに、先生は、どちらも正しいとおっしゃった。そのことが、私には引っかかっています。

猛志君:引っかかるという点は、僕も同じです。儒教や道教で「道」といえば、人知を超えた超越的な規範・原理を意味します。そういう原理を想定することは、人間の力で世界を動かしていく可能性を否定することだと思います。だから僕は、魯迅のように、「人が歩けば、それが道になる」という人間中心の考え方を支持します。

直:お二人の「道」についての考えは、それぞれもっともであって、正しいと申し上げました。お二人からすると、二つの考え方は、両立するものではなく矛盾する――と言ってもよいでしょうか――と見られるわけですね。ところが、私にとって、二つの考えはどちらも正しい。ということになると、「道」について相反する二つの考えが両立する、と言えるのはどうしてか。これを説明しなければならない。そういうことですね。

猛:そうです。そのことを説明してください。

直:私自身、「二つの道」を講義した時点では、二つの考えが違うということだけ頭にあって、両立するかしないか、という問題は考えていませんでした。しかし、講義の後、自分でいろいろ考えるうちに、この二つは矛盾ではなく両立する、それもたがいに必要とし合う補完的な関係に立つ、ということが言えることに気がつきました。

中:「両立する」だけでなく、「補完的な関係」ですか。それはまた、どうしてでしょう。

直:儒教では、人がふみ行なうべき道を示すお手本が存在します。古代の「聖王」「聖人」がそれです。歴史上、古の聖王として名を挙げられるのは、尭(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)・文王・武王といった人物で、これらの人々の名は、『論語』などの古典にはしょっちゅう出てきます。彼らが天命に従って、「人の道」を自ら示したという類の話は、数えきれないくらい出てきます。

猛:前回引用された『中庸』について、「天の道」とか「人の道」とか言われるものは、人間から区別され、それ自体として存在するように受けとれました。そういう道を示すというのは、聖人はふつうの人間ではないということですか。

直:「聖人の道」が、そのまま「天の道」であるというように、二つは切り離せない。そこがポイントです。

中:おっしゃっているのは、「天の道」を歩むことができるのは聖王だけである、ということでしょうか。聖王だけが、正しい道を歩むことができる、と。そう受けとって差支えないでしょうか。

直:ええ、そういって間違いありません。ですが、「聖王が歩むから、それは正しい道である」。それと、「正しい道を歩むからこそ、彼は聖王である」。言い方は異なりますが、この二つの事柄を区別することは可能でしょうか。

中:ウーン。チョット考えさせてください。古代の尭・舜は、聖王として言い伝えられています。聖王が正しい政治を行ったということが、歴史の事実として本には書かれています。

直:問題は、「聖王が存在する」ことと「正しい政治を行う」こととを、別々に切り離して考えられるかということです。

猛:先生が言われているのは、「聖王の支配」と「正しい政治」とが、意味論的に同じ事実を表しているということではありませんか。

直:まさにそのとおり。古代の中国に偉大な君主が存在したことと、正しい道が行われたということ。この二つは、同じ事柄を言い表しているのです。

中:言われてみると、なるほどそうか、という気がしてきました。道が存在するのは、聖人が存在するからである。そういうことをおっしゃっているのですね。

直:そう。そのことを裏づける証拠が、『中庸』後半部の「誠」という考えです。

 唯だ天下の至誠のみ、能く天下の大経(たいけい)を経綸(けいりん)し、天下の大本を立て、天地の化育(かいく)を知ると為す。

  ただ、この世で最も完全に誠を備えた人(聖人)だけが、天下の偉大な常道[すなわち君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の五つの道]を整え治め、天下の偉大な根本[である中]をうち立て、[それを実行しておしきわめることによって]天地自然の造化育成の働きを助けることができるのである。 (『中庸』第18章、金谷治訳、岩波文庫、237-8)

中:私のような素人の考えでは、宇宙の根本に絶対正しい「道」が存在している。古代の君主は、それを知って自ら実行したと理解しているのですが、そういう理解は間違っているでしょうか。

直:間違ってはいません。そのとおりだと思います。ですが、正しい道が存在することは、聖人がそれを実行することで、はじめて明らかになる。先ほどから私は、この点を強調しているのです。

 

「道」はつくられる?

猛:それって、道は聖人によってつくられるという話じゃありませんか。そういう話なら、僕の主張とそんなに違わないような気がします。

直:おっしゃるとおり、「道が(定まったものとして)存在する」ということと、「道がつくられる」ということとは、別のことのようでいて、同じ一つのことを意味します。そういうことが言えるのは、聖人の行いだからこそです。

中:聖人の行いが道を示す、ということは解ります。聖人によって道がつくられる、という言い方も、場合によってはできるかもしれません。しかし、聖人ではないふつうの人によって「道がつくられる」というのは、チョット……。

猛:どうしてですか。聖人であろうと人民であろうと、人間に変わりありません。道をつくるのは人間だ。そういって、何か具合の悪いことでもあるのですか。

中:一人一人が「わが道を行く」ということは、自由です。でも、それが正しい道であるという保証はありません。『中庸』にあるような、天命に従った「天の道」「人の道」というものでなければ、個々人勝手放題の生き方がまかり通ってしまう。いまの世の中が、そうではありませんか。

直:これは大変なことになってきました。猛志君は、「道はつくられる」と主張し、中道さんは、「道に従うべし」とされる。おたがいに一歩も引かない闘いの様相を呈しています。私がいつも言うように、双方の〈あいだに立つ〉ことは、難しいかもしれない。

猛:山内先生[註.山内得立]の言われるレンマの論理では、Aも非Aもどちらも正しくない、として否定される。その「両否」によって、Aも非Aもどちらも正しい、という「両是」が成立することになります。いま僕らが言い争っている問題について、そういうことが言えるのでしょうか。

中:猛志君の主張と私の意見について、いま言われたAと非Aのような対立が認められる、と先生はおっしゃるのですか。二人の意見は、たがいに矛盾するのでしょうか。

直:矛盾することなく両立すると考えるのですが、見方によっては、対立して相容れないというとらえ方もできる、と申し上げましょう。

中:おっしゃっていることが、よく解りません。くどい質問で恐縮ですが、猛志君と私の意見が「両立する」と言えるのは、どういう理由からでしょうか。

直:『中庸』などでは、「道」と「聖人」とが常にセットで扱われています。これは、聖人が道を示す時点まで、道は存在しないということ、猛志君が主張するように、聖人によって「道がつくられる」ことを証明しています。

中:しかし先生、聖人が歩む道は「天の道」、聖人の出現よりも前に存在するものと考えるのが、当然ではないでしょうか。

直:まさに、おっしゃるとおり。「聖人の道」が「天の道」であるという事実は、それが特別な人物によってつくられたものでありながら、同時に永遠の昔からそこに存在するかのように現れてくる、という不可思議な現実を物語っています。これは、「パラドックス」(逆説)そのものです。

猛:「道」には、いま説明されたようなパラドックスが成立するというわけですね。だから、見方によっては、それを「矛盾」というわけですね。よく解りました。

中:頭のいい猛志君は、「解った」とおっしゃるけれど、石頭のこちらには、まだピンときません。第一、「正しい道」が「永遠の昔からそこに存在するかのように現れてくる」とおっしゃったのは、どういうことでしょうか。どうして、「かのように」なのですか。そういう言い方だと、聖人の教えが「つくりごと」のように思われてきます。

直:中道さんの疑問は、私の考える〈かたちの論理〉にとって、最も本質的で、答えるのが難しい問題です。

猛:それが難しいとおっしゃるわけを、もう少し説明していただけませんか。

直:真理は「つくられたもの」(フィクション)でありながら、永遠不滅の絶対的なものとして現れてくる。すなわち相対的でありながら、同時に絶対的でもある。この二面性を説明することが、困難なのです。

猛:それは、真理が存在しないということではないのですね。「真理がない」というだけなら、相対主義に行き着いてしまいますから。

直:そういう相対主義ではありません。真理を認める。しかし、それは人間によってつくられるし、つくり変えられる。そういう真理のフィクション性を認めるのが、私の考える〈かたちの論理〉なのです。

 

日本人と道

直:「道」の本質をめぐって、思いがけない方向に議論が進みました。ここから、もう少し具体的な「道」のあり方に話題を転じたいと思います。日本人にとって道とは何か、なぜ私たちは道にこだわるのか。前回から引き続いて、このテーマに焦点を合わせることにしましょう。

中:前回、日本人と「道」の関係を取り上げられたことから、自分でもいろいろ考えるようになりました。せっかくですから、この機会にお訊ねしたいことがいくつかあります。質問してもよろしいでしょうか。

直:どうぞ何なりと。

中:それでは一つ、前回おっしゃったことに逆らうようで、気が引けるのですが、お訊ねします。先生は確か、道には始まりも終わりもない、という意味のことをおっしゃったように記憶します。しかし、私の知るかぎり、日本国内の場合、「国道号線」というような道路には、かならず始点と終点があります。昔の東海道でも、始点はお江戸日本橋、終点は京都三条大橋でした。歌川広重の『東海道五十三次』には、区切りとなる各宿場の情景が描かれています。

直:まったく仰せのとおり。人間がつくった道には、その始まりと終わりが設定されているというのが、ふつうのあり方であって、それは否定できません。

猛:中道さんと同じ疑問が、僕にも浮かびました。ただ、前回問題にされたのが、そういう有限な道路のことではなく、原理上どこまでも開かれていて、果てしがないような道のことじゃないかなと思ったので、質問するのを止めました。

直:こちらの言い分を代弁してくださって、ありがとう。そのとおりです。中国で古代以来、「道」とされてきたもののイメージは、地平線の一方の彼方から、他方の彼方まで伸びてゆく一本の線ではないかと思われます。そこから、儒教や道教が掲げる「道」の思想が生まれてきた、と考えても不思議ではない。中国大陸に身を置いたことのない私の、勝手な想像ですが。

中:私も中国に行ったことはないのですが、シルクロードなどの映像を見るかぎり、どこから始まって、どこで終わるかも見きわめられない「道」があるのだなあ、と感じさせられます。二つ目の質問ですが、そういう大陸的な「道」のイメージが、孔子や老子の説く「道」の思想に、どうして結びついたのでしょうか。

直:まず言えることは、「道」がなければ、人間は生きていけないということです。それが元からあるなら、それに従って進む。なければ、新しく道を拓きながら、それを進んでいく。人間が生きることは、道を歩むこととイコールなのです。だから、「人生の道」というわけです。

猛:こちらからも質問です。前回の講義の中で、たしか「道を離るべからず」というような言葉が、『中庸』から引かれました。だけど、「道を離れる」「道を踏み外す」ということが、現実にはよくあります。それをどう考えたらよいのですか。

直:とても重要な質問です。「道を離れる(踏み外す)」ということについて、二とおりの考え方ができると思います。一つは、道から少しでも離れたと判ったなら、本来の「正しい道」にただちに戻りなさい、と命じるもので、古代以来の儒教の思想です。もう一つは、「道を離れる」ことによって、それとは別の新しい道を切り拓くという立場で、前者を「保守」とすれば「革新」の立場、つよく言えば「革命」の思想です。

中:なるほど。先ほどから私が猛志君と言い争ってきたのは、〈保守対革新〉という対立の図式に当てはまるということですね。よく解りました。

直:そうですか。ではここで、日本的な「道の文化」をテーマにして、私の考えを少し述べることにしましょう。

 

講義:道、この常なるもの

 私たち日本人が「道」に寄せる格別の思い、「求道の精神」とでも呼びたいような態度は、どこから生まれてきたのでしょうか。「道」をおのれの生き方、人生に重ねる用法は、日本人に限ったことではなく、おそらく世界中に見られます。“Going my way”の言い回し、フランク・シナトラが歌った“My Way”などを挙げるだけで、誰もがそのことを納得されることと思います。ですが、そういう比喩的用法にとどまることなく、はてしなく続く鍛錬・修行の過程、といった意味合いが含まれるという点で、日本人や日本文化にとっての「道」には、他にはない特別な重要性が認められると私は考えます。それはなぜなのか。この問題を考え出した私の前に、つい先日、一つのヒントが与えられました。それは、日本文化を論じる本(藤田正勝『日本文化をよむ――5つのキーワード』岩波新書、2017年)の中に引かれた、鴨長明『方丈記』冒頭の次の一節です。

  ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたる例なし。……朝に死に、夕に生まるゝならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。不知(しらず)、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来りて、何方へか去る。

 著者藤田氏は、日本文化を代表するキーワードの一つとして「無常」を挙げ、中世(鎌倉時代)に書かれた『方丈記』および『徒然草』(吉田兼好)から、「無常」の本質を読み解こうとされています。引用箇所は、人間の生死を「ゆく河の流れ」に喩え、「水の泡」にも似たはかないあり方だとしています。この作品が今日まで読み継がれてきた理由の一つに、この一節に表現された無常感に、多くの人々――私もその一人――が共感を抱く、という事情があるように思われます。

 ですが、この箇所に目を留めた私がハッとしたのは、そこに描かれた「無常」についてではありません。そうではなく、日本人の多くにとってなじみ深い「無常」が、「道」に格別の意義づけを行う心情の基盤になっているのではないか、ということに思い当たったからです。それは、引用箇所の最後、「不知、何方より来りて、何方へか去る」という表現が、私に「道」を連想させたことによります。この点に、少し立ち入ってみましょう。

 「ゆく河の流れ」も「道」も、どちらも人生の比喩としてよく用いられます。しかし、比喩に込められる意味合いは、まったく対照的です。「河の流れ」や「水の泡」が、人生のはかない、文字どおり無常の面を表すのに反して、「道」は、前方にも後方にもしっかり続いていて、途切れたり消えたりすることがない、「常なるもの」です。ですから、「河の流れ」は無常、「道」は常住、として区別できます。ところが、このどちらについても、「不知、何方より来りて、何方へか去る」という点が、共通してある。「どこからどこまで」という区切りがなく、起点も終点も判らないという点が、「河の流れ」と「道」に共通するのです。私がハッとしたのは、まさにこの点です。非常に重要なこの点について、もう少しこだわって考えてみます。

生きるということは、いつどんな不幸に見舞われるかもしれない、不確かな運命を背負うということです。大地震や航空機事故の例などを、挙げるまでもないでしょう、人生は無常そのものです。しかし、そういう無常の生でありながら、これこそは、と思える確かな手応えを生む時間もあります。こちらは「無常」の裏返し、「常住」と呼ばれる営みを表します。このように、「無常」と「常住」とは、たがいに正反対でありながら、表裏一体の関係にある。そう考えなければなりません。「一体」というのは、無常がなければ常住はなく、常住が成り立たなければ無常も成り立たない、そういった関係のことです。お解りいただけるでしょうか。

人生において、無常と常住とは一体である。この一点に目を凝らすなら、「道」というもののもつ格別の意義が浮かび上がってきます。というのも、「道」こそは、無常と常住とが一つになった人生の表現だからです。人は、いつどのようにして終わるかが予測できない生を送っています。日常の暮らしは、昨日も今日もそうであったように、たぶん明日もあるだろう。それは絶対の確信ではない、一種の信憑(しんぴょう)ですが、それに頼って、その日その日を過ごしている。私たちの日常は、そういうものではないでしょうか――少なくとも、私の場合はそうです。

どこまでも無常の世なればこそ、目の前にたしかに存在する一本の道を歩きとおしたい、という切なる思いが生じてくる。ここで一例を挙げるなら、「一本道」を主題とする斎藤茂吉の次の歌が、「無常」と「常住」の一体性を私に実感させてくれます。

あかあかと一本の道とほりたり たまきはる我が命なりけり(『あらたま』大正二年)

「たまきはる」は「命」にかかる枕詞で、語義は「魂きはまる」、「生まれてから死ぬまで」とするが、諸説ありとのこと(『デジタル大辞泉』)。古語が使われていながら、茂吉の言い表したかったことは、直接こちらの胸に響いてきます。無常の人生なればこそ、一筋の「歌の道」を離れまいとする強い覚悟が、読む者に伝わってくる表現と思いますが、いかがでしょうか。中世人である鴨長明が生きたのは、12世紀、ちょうどそのころ中国思想に由来する「道」から、日本文化に特有な「の道」という表現が生まれたとされています。この事実から私は、日本における仏教的無常感(観)の浸透と「道の文化」の成立とが、軌を一にするのではないか、という見当をつけました。むろんこれは、一つの仮説にすぎません。引き続き検討したいと考えています。

 

「道」が意味するもの

直:「無常」と「道」とを結びつける、自己流の仮説を提示しました。お二人の感想を伺いたいものです。

中:先生とあまり年の違わない私ですが、近ごろになって、人生の無常をしばしば感じるようになりました。学生時代からの親友で、健康そのもののように活躍していたタフな男が、ガンで急逝したという知らせを、昨年末に受けとって、何とも言えない空しい気持ちになったことが思い出されます。

直:そうですか。私も同じです。中学生時代から付き合ってきた同窓生が、一人また一人、と世を去っていきます。「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」(蓮如上人「白骨の御文章」)、そういう言葉が身に染みる歳になったということでしょう。「道」についてはいかがですか。

中:世の無常と常なる道、対照的なこの二つが結びつくと言われたのは、まったく思いがけないお話で、ハッとしました。そうか、そういうことかも知れないな、と感じましたが、素人としてそれ以上のことは何も申し上げられません。

直:猛志君はどうですか。

猛:先生らしい直観だな、と感心しました。僕の方も、日本の思想はよく知らないし、「無常」や「道」について特に考えたこともないので、おっしゃったことが正しいかどうかの見きわめはできません。

直:結構です。こちらも、思いついたばかりのことをお話しただけで、論証にまでは至っていません。お二人が、判断を保留されたのは、当然のことと思います。

中:この機会にお訊ねしてもよいでしょうか。先生が、最近「道」に関心を持たれるようになったのは、どういう事情からでしょうか。

猛:いまの質問に関連して、僕からも伺いたいことがあります。前回の対話の中で、〈かたちの論理〉に「道」が関係するという意味のことをおっしゃった記憶があります。その関係というのは、どういうことでしょうか。

直:お二人そろって、いちばん重要なポイントを突いてこられたので、答えないわけにはゆきません。「道」を考えることは、〈かたち〉と〈かた〉の関係を明らかにすることである、というのが最初に申し上げたい点です。

猛:とおっしゃる意味は?「道」それ自体は〈かたち〉なのですか、それとも〈かた〉なのですか。

直:あなたはどちらだと考えますか、猛志君。

猛:〈かたち〉だと思います。だって、「道」は現実に目の前にあるものですから。

直:あなたも同じ考えですか、中道さん。

中:私は、どちらかと言えば、〈かた〉であるように思われます。なぜなら、はるか遠くに続く道のあり方は、目に見えない何かを指し示しているように考えられるからです。以前、たしかそういう見えないものの「痕跡」が〈かた〉である、とおっしゃったように記憶しています。

直:それぞれ、もっともな考えです。どちらも正しい。つまり「道」は、〈かたち〉であると同時に〈かた〉である。これが、私の最近辿りついた考えです。

猛:〈かたち〉であると同時に〈かた〉である。その言い方は、先生がよくおっしゃるレンマの例として、「道」が該当するということでしょうか。

直:「道」は、〈かたち〉でもなければ〈かた〉でもない。それゆえ、〈かたち〉でも〈かた〉でもある、と。もしそういう言い方にまとめたなら、山内得立が「即の論理」として表現したレンマの事例ということになるでしょう。しかし私は、このさい「ロゴス」と「レンマ」の違いにこだわりません。というのは、「道」に関しては、論理よりも事実・現実が、ハッキリ二つのあり方――〈かたち〉と〈かた〉――が両立することを告げているからです。猛志君の言われるとおり、「道」は我々の目の前にあって、誰もが日々それを歩いている。この点において、「道」はまさしく〈かたち〉そのものです。しかし、そうであると同時に、道はどこまでも果てしなく続いていて、終わりが目に見えない。めざすべき目標があるとしても、それが何であるかは、具体的に示すことができない。道の先にあるのは「X」である、というほかない。中道さんが言われたとおり、道は「X」の「痕跡」、すなわち〈かた〉である、ということができるのです。

猛:ということは、〈かたち〉と〈かた〉とは、区別されながら両立する、ということですか。論理的に矛盾する、ということはないのですか。

直:ありません。二つのものが区別されながら、矛盾することなく関係し合うということが、〈かたちの論理〉では言えるのです。昔、私がはじめて「形の論理」を論じた時点(『風景の論理』2007年)に使用していた「弁証法」という表現を、後になって取りやめたのは、〈かたち〉と〈かた〉の関係には、弁証法が含む「矛盾」が存在しない、ということが判ったからです。

中:私のような素人にも、先生がなぜ「道」を取り上げられたのか、その理由がどうやら見えてきました。先生は、この世界が〈かたち〉と〈かた〉からできているという事実を、「道」によって説明しようとされたのですね。

直:そのとおり。こちらの狙いを見事に言い当ててくださったことに、お礼を申し上げます。

中:お礼だなんて、とんでもない。こちらとしては、「〈かたち〉を考える」という今シリーズの次に、何をテーマに取り上げられるのか、非常に興味を惹かれます。

直:現時点で、次に何をテーマにするかは、まだ決まっていません。これから頭を整理して、じっくり考えてみます。

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