1 二つの邂逅
まもなく終わろうとする2023年。出口の見えない戦乱に明け暮れたこの一年は、「人類滅亡」が絵空事ではない、という思いを私にもたらしました。「縁起でもない」と言われれば、まさにそのとおり。ですが、全身を駆けめぐる不吉な予感につよく抵抗できないのが、72年余りを生きてきた年寄りの偽りのない実感です。
今年最後の身辺雑記を、こんな暗い話題で締めくくるわけにはいきません。ウツウツと日を送る私のもとに、思いがけない幸運が訪れました。社会的な要職にある二人の方から、会って話をしたいという申し入れが、立てつづけに舞い込んだのです。そのお一人は、国際武道大学の松井完太郎学長。ご自身は、「障がい者武道」の教育に携わられていますが、それとあわせて、武道そのものの理論構築に情熱を傾けられています。松井学長は二年前、拙著『〈あいだ〉を開く レンマの地平』(世界思想社、2014年)に接して、「レンマ的論理」が武道の基礎理論に活かされる、という確証を得られたそうです。10月半ばに届いたそのメールから、ほぼ一か月後、こんどはさる全国紙の東京本社で論説を担当する記者の方から、インタヴュー取材の要請が入りました。山内得立の『ロゴスとレンマ』や拙著をつうじて、レンマに関心を抱かれたことが、取材のきっかけとなったようです。先々月の「自著を語る」(3)で取り上げた9年前の拙著が、小林泰紘さん(9月の「新着情報」参照)はじめ、異なる分野で活躍される三人の方から、相次いで評価されたことになります。
松井学長とは11月20日に、記者の方とは23日に、拙宅でお会いして、いずれも2時間余りの密度の濃い対話に集中しました。松井学長は、月刊『武道』(2023年2月号)に寄稿されているように、武道の稽古が障がい者の機能回復に有効である、との確信をお持ちです。ただし、その事実を数量的なデータで裏づけることは難しい。武道を近代科学で説明することの困難さは、すべての事実を因果関係に還元する実証主義が、武道の実状にそぐわないこととつながっています。ありとあらゆる出来事を、相互依存的な「縁起」によって説明する龍樹『中論』や、それに立脚する山内のレンマ思想こそ、武道に必要な理論的基礎である。この事実を双方で確かめたうえ、千葉県勝浦市の大学で行われる予定の学問的取り組みに、当方が協力することを約束しました。
二つ目の対話に関しては、記事の掲載以前に取材の内容を明かすことはできませんので、こちらの受けた印象を一言だけ。それは、現下の中東、昨年来続くウクライナの情勢が示すとおり、地球全体の危機に際して、哲学にできることは何かを問われた、ということです。新聞取材の申し入れがあったというのは、そういうことだと、少なくともこちらでは受けとめています。そうして、今日までの「哲学」が、この問いに向き合ったとき、いかに無力であるかを告白しないわけにいかなかった。このことをご報告しなければなりません。しかし、それと同時に、もはや「哲学」の人間ではない自分にできることがあり、それがこれからの務めであると自覚したこと、ついでにこのことも申し上げたいと思います。
二つの貴重な出会いから、さて何が生まれてくるか。来年にご期待ください。
2 論文の公刊
12月に最新の論文「〈道のロゴス〉試論」が刊行されました(『関西大学 文學論集』第七十三巻第三号、関西大学文学会)。本稿は、9月に公刊された「「中の論理」再考(「活動実績」参照)」の続篇に当たります。二篇をまとめて発送したさいのメッセージは、以下のとおりです。
2023.12.10
謹啓
師走の候、いかがお過ごしでしょうか。
本年刊行した拙論2篇をお送りします。「「中の論理」再考」において、ロゴスに規制された「中の論理」に対する不満から、もう一つの「中の論理」が求められる次第を明かし、つづく「〈道のロゴス〉試論」において、「中道」の核心をなす「道」に照明を当てて論じました。現下の世界情勢に照らして申せば、争闘中の両勢力の〈あいだ〉に立つ論理から、戦争自体を惹き起こさない論理へと、舵を切るための一石を投じました。
ご一読をよろしくお願いします。
謹白
3 書評の公開
9月更新の本ページで紹介した拙著の書評が、このたびネット上に公開されました。情報を提供された著者小林泰紘氏(一般社団法人Ecological Memes共同代表)のご厚意に、感謝申し上げます。
→https://ssir-j.org/book_review_05_01/
4 木岡哲学塾の活動状況
Ⅰ 木岡哲学対話の会
◎報告(第9回)
○日時:12月3日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
○内容:
⑴哲学対話:《デジタル社会の壁》
発表:口ノ町 一男《デジタル雑感》
ICT(情報通信技術)の開発をめぐる国際競争の歴史、生成AIの登場に至る現状が、視覚資料を用いて簡潔に振り返られ、デジタル化の波に翻弄される私たちの生活を見直す契機となりました。
⑵哲学講話:《〈あいだ〉に立つ――「戦争」について(4)》
「戦争をどうすれば止められるか」という問題に、風土学の立場から〈あいだに立つ〉ことの意義を説明して、参加者と白熱の議論を交わしました。
◎次回(第10回)の案内
○日時:1月7日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
○内容:
⑴総括討議:《哲学対話を振り返る》
参加者へのアンケートをもとに、2023年度の「哲学講話」「哲学対話」を振り返り、対話の内容と意義を総括します。
⑵今後の方針について
2024年度(3月~)の本会の運営方式・内容について、全員で協議して方針を決定します。
Ⅱ 哲学ゼミ
後期の第四回を、次のとおり行いました。
○日時:12月17日(日)13:00-16:00
○会場:木岡自宅
○プログラム
1)木岡伸夫『邂逅の論理』(春秋社、2017年)「第九章 〈縁〉の結ぶ世界へ」の読解。
2)発表・討論
参加者による社会学の文献紹介および論評。
3)その他――今後の方針についての相談
Ⅲ 個人指導
○会場:木岡自宅
○開催日:水・金・日(上記イベントの開催日を除く)の午後(原則として、13-17時のあいだの2時間程度)。事前予約制。
○内容:読書指導・語学指導・論文指導など。社会人の教養支援、学生の研究指導、いずれも可。回数は、月1回ないし2回(隔週)が標準的。
以上の催しに参加を希望される方は、次のアドレスまでお申し込みください。