風土学対話(4)――〈もの〉と〈自然〉
直言先生:九月末になって、ようやく秋らしくなりました。今年の夏は、例年以上にヒドイ異常気象だった気がするのですが、お二人にとってはどうでしたか。
猛志君:「梅雨が二回あった」夏なんて、僕には初体験です。こんなことって、過去にありましたか、中道さん。
中道さん:私も長年生きてきて、こんな経験はありません。お盆の前から降り続いた長雨には参りました。昨日(9.26)観たTV番組でも、この異常気象が「地球温暖化」の表れだという特集を組んでいました。
直:地球環境問題は、自然の問題であると同時に、人間の問題である、というのが常識です。偶然ですが、中道さんがご覧になったのとは違う報道番組で、ガソリン車からEV(電気自動車)への切り替えが、先進各国の緊急課題になっていることを報じていました。2035年をメドに、EVへの全面移行を果たす、といった各企業の方針が伝えられました。
中:トヨタの社長が、そうなると100万人の失業者が出るとおっしゃっています。環境重視はよいけれども、人々の暮らしが立ちいかなくなるというのは、大問題だと思います。
直:いまおっしゃったことは、環境問題が、自然だけではなく、人間の問題であることを物語っています。〈人と自然のあいだ〉が、〈人と人のあいだ〉に連動していることの、適切な事例です。
猛:前回、「〈中間〉と〈あいだ〉」で取り上げられたのは、〈人と人のあいだ〉でした。その問題が、〈人と自然のあいだ〉を論じることと切り離せない、ということですね。
直:そのとおりです。君の関心は、そちらにあるということでしょうか。
猛:そうです。「あいだを考える」のシリーズで、僕の印象に残っているのは、「〈自然〉から〈もの〉へ」というテーマです。その中で先生は、〈自然〉に対する見方を変えるように提案されています。集合的な〈自然〉よりも、個々の〈もの〉に目を向ける、という〈視線変更〉を説かれたと記憶しています。このエッセイには、読者からもコメントが寄せられています。僕としても、もっとくわしく説明してほしいと思います。
直:わかりました。その後に考えついたことも含めて、エッセイの内容を要約しましょう。
「〈自然〉から〈もの〉へ」(2020年7月)の概要
環境問題が論じられるとき、「人間と自然の関係」がテーマとされる。人間は、これまで自然を支配し、利用しつづけてきた。地球環境が破滅に瀕する現在、人間の自然に対する態度を改めなければならない。私の風土学が、〈人と自然のあいだ〉をどう開くかを問題にしてきたのも、そういう流れに沿ってである。その考えが、最近になって少し変わった。まず考えなければならないのは、〈自然〉一般よりも〈もの〉のあり方、〈人ともののあいだ〉である、と。
〈もの〉は、「物」「者」のいずれとしても表わされるように、人間と物体の両方の意味に用いられる。同じ言葉が、人と物のどちらにも適用されるというような例は、外国語にはありえない――英語では、「人」(person)と「物」(object; thing)が、混同されることはない。日本人は、〈自然〉に向き合うよりも前に、〈もの〉の世界に身を置いて生きてきた。この事実から、考え直す必要がある。
〈もの〉とは何か。「空間に位置を占め、形をもち、実際に見たり触れたりできる対象」「悪霊など、得体が知れず、恐ろしい存在(例.「ものの怪」)」(『明鏡国語辞典』)というように、形をもちながら正体不明の何か、として「人」にも「物」にも当てはまる存在である。二元論によって、主体から区別される客体となる以前の〈もの〉。明治時代に西洋から入ってきた«nature»が、「自然」と訳され、社会に広まっていく以前の日本人は、〈自然〉として一括されることのない〈もの〉に取り囲まれ、その意味を受けとめながら生きていた。その事実に改めて光を当てるなら、どういうことが言えるか。
言葉の歴史から言えば、われわれにとって、集合名詞・抽象名詞として使用される〈自然〉よりも、古くからある〈もの〉の方が、より近しいのは当然である。近代以前からある、人と〈もの〉の関係。それは、近代の二元論が〈人と自然のあいだ〉を閉ざす前からあって、いまも続いている――『もののけ姫』の大ヒットは、その一つの証! というと、近代の二元論を棄てて、人と物との区別が定かでない、アニミズム的な世界に還れ、という主張が想定されるだろうか。だが、そういう反近代主義は、問題外。私が求めるのは、前近代に還るとか、二元論を一元論に取りかえる、といった不毛な二者択一ではない。私たちは、近代化された世界に生きている。それは、二元論の世界、人間と自然とが明確に区別され、混同されることのない世界である。この基本前提を覆すことはできない。そのうえで、どうしても必要になるのが、そういう二元論によって閉ざされてしまった〈人と自然のあいだ〉を開くこと。私の風土学のスローガンは、〈あいだを開く〉である。
何度でも、この主張を繰り返す。二元論が閉ざしてしまった〈人と人のあいだ〉、〈人と自然のあいだ〉を開かねばならない、と。〈あいだを閉ざす〉とは、どういうことか。二つに分けられたものの〈中間〉を認めないこと、である。〈AとBのあいだ〉とは、「AでもBでもないことによって、AでもBでもあること」である――前回、山内得立のこの説明を引用した。〈もの〉は、人間でも物体でもないことによって、人間(者)でも物体(物)でもありうる存在、である。そのような〈もの〉へと心を開くことによって、抽象的な〈自然〉の語では覆い隠されてしまう存在の〈意味〉が、生き生きと立ち現われてくるだろう。これが、〈もの〉によって〈人と自然のあいだ〉が開かれる、ということである。
〈もの〉への視線変更が行われたからといって、二元論自体が破棄されるという訳ではない。〈あいだ〉は、対立する二つのものによって成立する。つまり、〈あいだ〉は二元論を前提する。〈あいだを開く〉とは、そういう二元論を前提しながら、その欠陥である〈中間〉(あいだ)の無視を改め、それによって二元論の弊害――自然環境の「資源」化による乱開発etc.――を抑止することである。それは、〈二元論を超える〉ことではなく、本来の意味で〈二元論を活かす〉ための是正・補完であることを、強調しておきたい。
二元論をめぐって
直:一年余り前のエッセイですが、そのときから現在まで、基本線は変えていないつもりです。それでも、多少「進化」した点があるのではないか、と自分では思っていますが、どうでしょうか。
猛:最後に、〈二元論を超える〉のではなく、〈二元論を活かす〉とされたあたりが、以前にはなかった考えだと思います。先生は、ずっと以前から、二元論を否定されているような印象がありました。今回のまとめでは、〈二元論を活かす〉というように、二元論に対して肯定的な見方が前に出ている感じがしました。
中:猛志君と同じ印象です。先生は、「テクノロジーの問題」のシリーズでも、テクノロジーの根本にあるのは二元論だから、二元論を超えなければいけない、という主張をされていたと記憶します。そういうお考えが、変わったのでしょうか。
直:昨年のエッセイでは、最後に、〈自然からものへ〉に続いて、〈ものから自然へ〉の道筋を考えたい、という断りを記しました。いったん二元論に見切りをつけたのち、再度、二元論に還ってくる、という道筋を想定したことから、〈二元論を活かす〉という着想が生まれました。二元論の否定と肯定をセットで考えるとすれば、そういう方向を当然考える必要があります。
猛:それって、もしかすると、ベルク先生の「通態化」(trajection)と同じ考え方、ということでしょうか。
直:そうです。ご本人は、私の解釈を認められるかどうかわかりませんが、二元論を活かす(肯定する)ためには、いったんそれを否定しなければならない。ドギツク言い換えるなら、二元論を活かそうとすれば、まずそれを殺さなければならない。
猛:「活かすために殺す」って、何かスゴイ言い方ですね。ビックリ!
直:そんな言い方ができるようになったのは、つい最近になってからのこと。山内得立の「中の論理」を突き詰めると、そういう言い方をすることがふさわしい、ということに気づいたからです。
中:「中の論理」と聞くと、中道――私の名前!――を行く、という感じがして、何だか生ぬるい考え方をイメージしてしまいます。「二元論を活かすために、まずそれを殺す」というのは、そんな私のイメージとは正反対です。そうお考えになる理由を、教えていただけないでしょうか。
〈中〉の本質
直:『中庸』は、中国の古典を代表する四書の一つで、いまおっしゃったとおり、中道が最高であるという思想を表しています。中国だけではなく、ギリシアのアリストテレスも、『ニコマコス倫理学』の中で、「中」(メソン)の倫理を最高とする主張を展開しています。しかし、なぜ「中」であることがよいのかという理由は、どちらにおいてもハッキリしない。
中:私など、学生時代に「優」や「秀」の成績をとったことがあまりなく、恥ずかしながら「良」ばかりでした。友人から、お前は中道やから、それでええやんか、とからかわれたものです。
直:たしかに、80点(優)、90点(秀)に比べて、70点(良)の方がいい、なんてリクツはありませんね。
猛:僕からも言わせてください。「中庸」という考えは、何でも平均的であることがよいという考えで、突出した個性を排除する思想のように思えます。イジメに遭わないように、目立たずおとなしく生きなさい、というメッセージのように思えてしまいます。
直:「中の論理」に問題があるとすれば、いま言われたように、〈中〉が「中途半端」、「平均」の意味にとられ、不徹底であることを是認する妥協主義、というふうに誤解されやすいところです。〈中〉の本質は、二分された両極をどちらも斥ける、という徹底的な否定にあるのですが、そういう「否定」の意味がボヤケてしまうと、ぬるま湯的な行き方のように誤解されることになります。
猛:僕のイメージだと、中間は両極のどちらも認める、という「肯定」にウェイトがかかるのですが、いまの説明だと、両極をどちらも斥ける、という「否定」を強調されています。先ほどの講義でいうと、〈もの〉は人間でも物体でもないから、人間でも物体でもあるという言い方で、否定から肯定に移るところが、よく解りません。
直:そうですか。中道さんは、これについてはいかがですか。
中:白状しますが、何のことやらサッパリ解りませんでした。「AでもBでもある」というのが、AとBの〈中間〉だということなら、いちおう頷ける気がするのですが……
直:「AでもBでもある」という肯定の条件が、「AでもBでもない」という否定である。この点が、引っかかるということですね。
猛:それを質問したいと思います。AとBのどちらかが正しい、という二値論理に対抗して、「AでもBでもないから、AでもBでもある」ということが、どうして言えるのですか。「中の論理」が、二元論を活かすと言えるのは、どうしてかが解りません。
直:それは、山内得立が、ロゴスの論理に対して、なぜレンマの論理というものを立てたか、という根本にかかわる質問です。そして、それにキッチリ答えることができなければ、〈あいだを開く〉という私自身のモットーが、無に帰することになります。
中:私の口から言えなかった疑問を、猛志君が代弁してくれました。ぜひとも、解りやすいご説明をお願いします。
直:了解。山内が論理の問題として説き明かした「中」の本質を、私の方は具体的な現実問題に即して、説明します。猛志君、いつぞや [『〈出会い〉の風土学』(幻冬舎、2018年)の第1回:「風土」とは何か] のように、一問一答式の対話を受けてくれますか。
猛:ええ、喜んで。
直:それでは質問します。最近、君が二つある選択肢のどちらを選ぶべきか、判断に困った問題がありますか。
猛:ウーン、いきなりそう訊かれても……。選択に困る問題は、たくさんあるのですが。
直:ならば、私から一例を挙げましょう。東京オリンピック・パラリンピック。開催の是非をめぐって、国論が分かれました。このテーマなら、どうですか。
五輪の開催をめぐって
猛:たしかに迷いました。スポーツ好きの僕としては、一年遅れのオリンピックをぜひ開催してほしい、という気持ちが強かった。けれど、コロナ感染拡大の第五波と重なったことで、中止もやむなし、という気になりました。結果として、やったことは正しかった、と受けとめています。
直:たぶん、日本人の大半が、君と同じように迷った。世論調査では、開催反対の意見が賛成を上回る、そういうデータもあったようです。でも、開催後に破滅的な事態が起こらなかったから、まあいいか……。これが、日本人大方の感想だと思います。
中:途中で口を挟んですみませんが、先生はいかがでしたか。開催に賛成されたのか、反対されたのか。
直:反対でした。終わった今でも、開催すべきでなかった、という考えは変わりません。ですが、私がこの問題を取り上げたのは、五輪開催が結果的に正しかったか、正しくなかったか、を論じるためではありません。二つの選択肢がある場合に、そのテーマにどう向き合うべきか、を考えるのに適当な事例だと考えたからです。猛志君、君は五輪開催を決定するプロセスが、正当なものだったと考えますか。
猛:ご質問の意味が、イマイチつかめません。「正当なプロセス」とおっしゃるのは、どういうことでしょうか。
直:国民に判断材料となる情報が十分に提供され、それに対する民意を受けて、為政者がしかるべく最終決定を行う。そういう民主主義国家にふさわしい政策決定過程を、「正当なプロセス」と考えます。それがあったかどうかを、君に問うているのです。
猛:そういうことなら、「正当なプロセス」はなかったと思います。
直:君がそう考える理由は、何ですか。
猛:「安全安心な大会」をめざすと言いながら、どうしてそう言えるのか、根拠は何も示されませんでした。政権や五輪関係者に、国民の不安の声、反対意見に耳を貸すという姿勢はありませんでした。
中:反対意見に一々耳を傾けたのでは、開催か中止かの決定が遅れてしまいます。あのときは、首相が政治生命をかけて、開催に踏み切った。政権のコロナ感染対策に不満な私でも、この決断だけは評価したいという気がします。
直:結構です。今度はあなたに伺いますが、開催決定に至る少し前、『日経』紙上に、「政治に殺される」という刺激的な見出しとともに、太平洋戦争末期、本土決戦に備えて竹槍訓練に励む女生徒の写真が、一面に出ました。それを覚えておいでですか。
中:見ました。見て、衝撃を受けました。ですが、あれは70数年前の戦時中の話で、コロナ感染禍の現在の状況とは違います。政権の無策を批判する例としては、どうかな、という印象を受けたことを覚えています。
直:戦争末期と現在の状況に、何も違いはない。そういう二重写しのイメージが、私には生じました。意見広告を出した宝島社には、たぶんそれを訴える意図があったと思います。
中:そう考えられる理由を、お聞かせください。
直:理由は、一言でいえば、意思決定の自由がない、ということです。本土決戦、一億玉砕という大本営の愚かなスローガンに、一言の批判も抵抗もできずに押し流されていく国民多数。当時の、そういう日本の実態が、五輪開催について必要な合意形成の手続きをとらない政府、その政府に追随する国民の双方に、ダブって映るのです。
猛:その場合、責任はどちらにあるのですか。政府ですか、国民ですか。
直:両方です。政府が無責任であるのと同等の無責任が、国民を支配している、と私は考えます。「政治に殺される」という言い方に、もし問題があるとすれば、そういう政治に対決しない国民の側の責任が問われていない、という一点です。
中:国会議事堂の前で、五輪中止を訴えるデモ行進の様子が、連日報道されました。それでも、開催されて以後、目立った反対の声は聞かれなくなりました。これは、国民の大多数が開催を支持した、ということではないでしょうか。
直:そういう言い方もできるでしょう。しかしそれは、なしくずしに物事を認めさせる、というのと変わりません。80年前に遡ってみれば、開戦の決定、終戦の決断、ともに一人一人の意思とはかけ離れたところで、上から下された決定に国民が従う、という構図であって、それは昔も今も変わりません。
中:天皇陛下のご聖断なしに、開戦も終戦もありえなかったという事実は、私も日本史で学びました。それを私は、軍部が天皇を利用した例として受けとめたのですが、そういう理解は間違っているのでしょうか。
直:間違ってはいません。ただ、そういう単純な言い方では、日本全体を覆う無責任体制の根本が見えない、ということを申し上げたいのです。政府や軍部を悪玉に仕立て上げて、自分は責任逃れをする。そういう日本社会の無責任体制こそ、「中の論理」が不可欠であると私が考える最大の理由です。
〈あいだに立つ〉ことの意味
直:ここで、一問一答を再開します。猛志君、先ほど、君が何らかの選択に迫られている状況を想定したことを、覚えていますか。
猛:覚えています。こちらが即答できなかったのを受けて、先生の方から五輪開催の是非、という事例を示されました。
直:最初の線に戻って、お訊ねします。そういう二者択一的な状況において、君には答えを出す責任があると考えますか。
猛:答えを出す責任があると思います。
直:結構です。君には、答えを出す責任がある。しかしそれは、答えられるかどうか、とは別の問題である、そう思いませんか。
猛:思います。答える責任があるということと、答えられるかどうかとは、次元の異なる問題です。
直:君はさっき、五輪開催の是非について、「迷った」と言いましたね。それは、答えることが難しい、もしくは答えられない、ということではありませんか。
猛:そうです、その場では答えられない、というのが事実に近いと思います。
直:アンケートであれば、「答えられない」という選択肢もあるのが、ふつうです。「答えられない」というのも、一種の答えだとすると、そういう答え方で責任を果たしたことになる、そう考えてもよいでしょうか。
猛:いや、違います。「答えられない」というのでは、質問から逃げたことになりますから。僕の考えでは、ハッキリした答えが出せて、はじめて答える責任を果たしたことになります。
直:中道さん、あなたも猛志君と同じお考えでしょうか。
中:少し違います。私の生きてきたビジネスの世界では、白か黒かの二者択一では答えられないことばかりです。一つの答えを決めてしまうと、それに反対の立場をとる人を排除する結果になりかねません。商談では、白か黒かの二者択一ではなく、どちらとも言える「灰色」の意見を述べる方がよい、と考えることがよくありました。
直:なるほど、そうなりますか。お名前のとおり、「中道」路線を行く、という訳ですね。
中:はい、そのとおりです。ですが、この対話で先生と猛志君の論戦を聴いていると、哲学の世界では、正しい答えは一つ。論理にこだわるなら、そうでなければいけないのかな、という気がすることも確かです。
直:よく解りました。その気になれば、正しい答えは出せるし、出そうとすることには反対しない、というお考えのようです。ここで、先ほどの「責任」をめぐる議論に戻りましょう。猛志君、五輪開催の是非のように、「答えにくい」もしくは「答えられない」場合に、どうすれば答えが出せるか、そういう問題を考えたことがありますか。
猛:ありません。答えられる問題なら答えられるし、答えられないものは答えようがないからです。
直:それでは、私の質問に応じたことにはなりません。君は、いったん答える責任があることを認めながら、「答えられない」と言って開き直っているのですから、態度が一貫していない。まるで、どこかの国会でよく耳にする答弁にそっくりです。
猛:答えなければならない、と言いながら答えられない。先生のおっしゃるように、僕の言ったことは、ジレンマそのものです。では、どうしたらよいのでしょうか。
直:五輪開催か中止か、選択肢はいずれかであって、それ以外にない。どちらが正しいかの確証が得られなくても、決定を下さないわけにはいきません。その場合の条件を一つ、私から提示しましょう。
猛・中:ぜひ聞かせてください。どういうことでしょうか。
直:それは、選択肢が二つある場合、その両方を否定する、ということです。山内が「テトラレンマ」の第三レンマとして挙げる「両否」が、これに相当します。
猛:両方とも否定したのでは、選択肢そのものが無くなってしまうじゃありませんか。そんなの、ナンセンスです。
直:まったく反対です。すべての選択肢を公平に活かすために、すべてを否定しなければならない、というのが「両否」の意味です。
〈自由〉の地平へ
中:何をおっしゃっているのか、チンプンカンプンです。私のような凡人でも理解できるように、ご説明をお願いします。
直:二つの選択肢のどちらを選ぶか、という局面に立ったとき、ほとんどの場合、あらかじめどちらかを選ぶように仕向ける誘い、いわば「ハンディ」がついています。そういうハンディをチャラにして比較するために、いったん双方を全面否定する必要がある、ということです。私の言うことが、判りますか。
中:何か具体例を挙げて、説明してください。
直:エッセイでしばしば取り上げる、日本の「近代化」。西洋近代文明を取り入れて、近代化すべし、という「進歩派」、昔からある伝統文化を守ろうとする「保守派」――「国粋主義」という言い方は、非難の意味を含むので、ここでは用いません――、この二つが選択肢となる状況を挙げます。かつての時代がそうであったように、明治維新後の日本は、たえずこの二つの動きに左右され、両極のあいだを揺れ動いてきました。この認識について、異論はありませんか。
猛:日本史の教科書では、明治政府が西洋の制度を取り入れ、旧い封建体制を一新することにいち早く取り組み、成功したことによって、日本が「近代化」を達成できた、と書かれています。
直:それは、最初から「進歩派」にバイアスのかかった記述であって、日本人の底にある保守的志向に目をつぶった記述です。進歩史観が、そういう偏った記述を生み出したのです。
猛:「進歩的」ではいけないのですか。反対に、「保守的」でなければいけない、ということですか。
直:個人の信条が、進歩主義であろうが保守主義であろうが、どちらでも構いません。問題は、選択肢のいずれかが、あたかも既定路線のように敷かれていることを人が意識せず、それに乗っかるようなムーブメントができてしまっている、という事実です。それがあるかぎり、AでもBでもない中間地点、〈あいだ〉に立って考える〈自由〉は成り立ちません。二つの選択肢が存在する場合――対米戦争開始でも、五輪開催でも、ことは同じです――、そのどちらかを選ぶことができるためには、両方から等しく距離をとる、つまり両方をいったん否定する必要があります。そのうえで、ギリギリの決断に踏み切る。そうすることによって、はじめて人は、おのれの選択に責任をとることができるのです。
中:ほう、「否定する」というのは、「距離をとる」ということですか。その考えを棄て去る、ということではないのですね。
直:仰せのとおり。一つの考えを活かすためには、それを疑うことのできる条件として、別の考えと対比させる必要がある。そっちの考えも、同じく疑う、つまり「否定する」。そうすることで、二つの考えをともに相対化するわけです。そのように、両方とも否定する手続きを経ることで、そのいずれをも自由に選択できる「両是」の立場が成立する。これが、山内得立の言う「即非の論理」(両否から両是への転換)についての、自己流解釈です。
猛:簡単に言えば、物事の選択に迫られた場合には、よくよく考えなさい、と。そういう慎重さを、説かれているのではありませんか。
直:いちおう、そういう含みにはなるでしょう。しかし、〈あいだに立つ〉ための両否は、責任をまっとうするための決断を伴います。そういう決断があるからこそ、私の意思決定は〈自由〉なのである。このことを一言断って、今回は終わりにします。たぶん、二人とも疑問がおありでしょうから、ひきつづき議論しましょう。
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