毎月21日更新 エッセイ

自著を語る(2)――『風景の論理』

スタイルの問題

猛志君:前回に続くシリーズ2回目の今回は、風土学三部作最初の『風景の論理――沈黙から語りへ』(世界思想社、2007年)を取り上げさせていただきます。前回、執筆順では二番目の『風土の論理』を先に取り上げてほしい、と先生はおっしゃいました。そのため、最初に出版された著書のインタヴューが後回しになりました。その点に、何か問題はないでしょうか。

直言先生:別にありません。あるとすれば、16年も前の著書の内容が、いまもキチンと記憶されているか、という不安ぐらいです。

猛:そうですか。実は僕も前回、「地理哲学は止めたのですか」とお訊ねしたように、先生の風景論を長らく目にしていません。『風景の論理』がどんな内容だったか、よく思い出せないので、このさい勉強のつもりで、一から読ませていただくことにしました。

直:それはどうも。私の方もインタヴューにうまく答えられる自信がないので、本当に久しぶりに読み返してみました。

猛:久しぶりに読み返してみて、感想はいかがですか。

直:それにお答えする前に、中道さん、失礼ながら、あなたはこの本を読まれたことがおありですか。

中道さん:正直に白状しますと、読んでいないということになります。いま、お二人が読まれたというのは、通読されたということでしょう。私の場合は、最初から最後まで読みとおすことができなくて、「原風景」(第四章)のように自分に関心がある章は、何とかついていけましたが、そういう箇所でも難渋しました。まして、「序章」や「終章」の抽象的で難しい内容は、まったくお手上げでした。

直:哲学の専門教育を受けていない方なら、それがふつうだと思います。書いた当人の私でも、いま読むと、「どんな意味かな」と首をかしげたくなる箇所が、ところどころにありますから。

猛:それはつまり、最初に書かれたこの本が、先生の眼から見ても、内容的に一番難しいということでしょうか。

直:そうは思いません。この本に続く第二作以後も、『風景の論理』と少なくとも同じだけ難しい問題を取り扱っています。

猛:ということは、書き方・論じ方が難しいということでしょうか。そういうことなら、僕も同感です。現在の先生なら、同じ内容をもっと分かりやすい書き方で説明されるだろうな、という気がするからです。

中:最近のご著書を読ませていただいている私としては、昔の先生は、素人の受けとり方など気にされずに、難解な言い回しをしていられた。最近の先生は、難しい内容が専門家でない読者にも伝わりやすいように、書き方を変えられたように感じます。

直:そう言っていただけるのは、ありがたい。高校生程度の読者を想定して、ふつうに読んで理解してもらえる文章を書く、というのが私の現在のモットーです。

猛:哲学の専門書に比べたら、先生の本は「難解」の部類には入りません。カントの翻訳書なんて、同じ箇所を何べん読んでも、意味が頭に入らない。それに比べると、『風景の論理』は、抽象的な表現はあっても、理解できないってことはありません。

直:それは、「慣れ」の問題が大きい。カントの文章が難解なのは、問題の取り上げ方や論述の仕方に著者ならではの個性があるからです。誤解の余地がないように、厳格なスタイルで叙述されているから、それに慣れるまではヒマがかかる。でも、書かれている内容は、明晰そのものです。

猛:なるほど。言われてみれば、そうかという気がします。学部生の頃と比べると、大学院に進んだあたりから、カントの文章に対する抵抗感が減ってきたのは、やっぱり「慣れ」なのかな。

 

風景の「論理」?

直:そうだと思います。そろそろインタヴューを始めていただきましょうか。

猛:それじゃ、本題に入ります。「自分史に挑む」のシリーズでも、パリに留学した2002年以後に、風景論の著作を考えついたとおっしゃいました。それも、「風景」から連想されるイメージや現象ではなく、風景の「論理」を問題にしたというのは、とてもユニークだと思います。どうして、そのテーマを考えつかれたのですか。

直:風景作品を取り上げて、風景の美を論じるという類の風景論はゴマンとあります。その種の研究から見ると、私のテーマは風景論ではないと見られるかもしれない。じっさい、私自身も、世間で言われる風景論を書くつもりはありませんでした。私が書こうとしたのは、風景の「論理」であって、風景という「現象」のことではありません。

中:お言葉ですが、風景というのは、われわれが日常的に体験している景色のことであって、「論理」といったものではないように思います。どうして先生は、風景の体験ではなく、論理をテーマにされたのか、教えていただけないでしょうか。

直:風景の体験がある、それはおっしゃるとおりです。その体験――本では「経験」――が、どこからどんなふうにして成立するか。そういう〈風景経験の成立と展開〉に一定の道筋があるという考えから、『風景の論理』というタイトルが浮かんだわけです。

猛:風景経験の道筋が、「論理」であると。でも本の中には、論理的な規則や法則といったものは、まったく出てきません。

直:君が言ったことは、「論理」が数学的な規則・公式であるという理解を物語っています。しかし、私の用いる「論理」には、規則や法則の意味はありません。風景というものは、こういう仕方で成立するのだ、という基本的な流れ、メカニズムを説明するために、「論理」という言葉を使用したわけです。

猛:そういうことでしたか。でも、哲学を勉強している僕にとって、「論理」が経験の成立を意味すると言われることには、チョット抵抗があります。

直:おっしゃるとおり。先輩の先生の中にも、君と同じ「抵抗」を表明された方がいます。ただ、『風土の論理』『邂逅の論理』とつづく三部作すべてに「論理」を謳っているのは、同じ意図からです。そこには、論理学や数学では説明されない経験の成り立ち、それこそが「論理」である、という自分なりの主張が込められています。

中:風景がどのようにして生まれるのか。それを説明するのが、風景の「論理」だということですね。おっしゃったことの意味は、だいたい解りました。

猛:「論理」については、それでよいとして、風景論のように風景のイメージが問題ではないとすれば、何がテーマになるのですか。要するに、風景とは何なのか、ということです。

直:「世界の見方」です。これは、イギリスの文化地理学者コスグローヴによる「景観」(ランドスケープ)の定義。地理学者らしく、景観が場所ごとに異なる点を強調しています。

猛:ものが、いつでもどこでも同じように見えることを説明する知覚論、見え方の差異を問題にする風景論、という区別を「第三章 基本風景」の始めの方で書いていますね。風景は場所ごとに異なるもの、という受けとめ方で合っているでしょうか。

直:そのとおり、合っています。よく読んでくれましたね。

猛:ついでにお訊きします。「景観」と「風景」は、英語では同じlandscapeですが、先生は「第一章 風景概念の基本構成」の中で、この二つを区別されています。いろいろ細かい議論がなされていますが、風景と景観を区別しなければならない理由は、どこにあるのでしょうか。

直:適切な質問です。この二つの言葉を、より主観的な風景と客観的な景観として、意味の上で区別する考え方などを紹介しています。それとは別に、私の風土学にとって最も本質的な意義が、この区別にはあります。それは、景観を〈かた〉、風景を〈かたち〉に見立てることによって、〈かたちの論理〉を具体化する途が拓かれるということです。

猛:『風景の論理』には、「形の論理」がよく出てきます。三部作に必ず取り上げられる「形の論理」ですが、「風景」と「景観」の区別がそれに関係するということは、いま伺ってはじめて知りました。先生にとってこの著書は、「形の論理」を考えるきっかけになったのでしょうか。

中:猛志君の本質的な質問に、横から口を挟むのは気が引けますが、一つお訊きしたい点があります。それは、『邂逅の論理』(2017年)まで、漢字で「形の論理」と記されていたのが、最近は〈かたちの論理〉という仮名表記に変わってきたのはなぜか、という点です。

直:どちらの質問も重要です。両方のお訊ねに答えるべく、この著書ではじめてテーマとして取り上げた「形の論理」が、どういうものかについて、少し講義します。

 

講義:形の論理

「形の論理」は、1930年代の日本を代表する三木清が追究した哲学の論理です。弟子の三木から刺激を受けた西田幾多郎も、同じ「形の論理」をテーマに挙げて考えています。二人がこのテーマを掲げたのは、それを日本の哲学が避けて通れない課題と考えたからです。先生の西田は、「東洋には形なきものの形を見、声なきものの声を聞く」要求があり、それに哲学的根拠を与えたい、という思いを綴っています(『働くものから見るものへ』「序」1927年)。師の意向を引き継いだ三木は、「形なき形」を追究する「形の論理」を、自身のライフワークにしました。しかし、共産党員をかくまった容疑で検挙され、終戦直前に獄死したこともあって、「形の論理」(書名『構想力の論理』)は完成に至りませんでした。

戦前の日本を代表する二人の哲学者が、全力で取り組んだにもかかわらず、完成しなかった「形の論理」。二人は、どうして挫折したのでしょうか。それは、テーマとそれを考えるためのツールが、一致しなかったからです。テーマは、〈形〉と〈形のないもの〉との関係、前者が後者から生み出されるという関係です。この問題を考えるためのツール、つまり論理として彼らが用いたのは、当時流行していた弁証法。それは、たとえて言えば、日本家屋を建てる素材として、木材ではなくコンクリートを用い、それにふさわしい工法を採用する、といったやり方を意味します。つまり、問題とするテーマと、それを考えるツールとが合わなかったというのが、私の見立てた彼らの〈敗因〉です。

「日本の哲学」は、彼らの挑戦を引き継がなければなりません。そのために私が手を着けたのは、二人が失敗した要因である素材とツールを選び直すこと。木材に相当する素材は、日本語。それを使って家を建てるには、大工のような技術、つまり論理が必要です。この二つが揃わなければ、「形の論理」はうまく行かない。これまで日本の哲学者が失敗してきた原因は、日本的なテーマを扱うにもかかわらず、素材も技術も西洋からの借り物で済ませてきたことにあります。まず、自前の材料として、「形なき形」の意味を表す日本語を選ぶ必要がある。そこで私は、「形あるもの」を〈形〉とし、「形なきもの」を〈型〉と呼ぶことにしました。この二語を用いて、「形の論理」にトライした最初の著書が、『風景の論理』というわけです。

ポイントは、〈形〉と〈型〉とを区別したうえで、この二つがどう関係するかを説明すること。このテーマは、すごく難しい。というのは、たとえば「形」と書いて「かた」と読ませるケース――空手など――があるように、〈形〉と〈型〉とを区別することなく、同じ意味に用いることが少なくありません。そして、それは少しもおかしくない。なぜなら、〈形〉と〈型〉には、ほとんど同じと言ってもよいような近さがあるからです。しかし、〈形〉と〈型〉とを、どうしても分けなければならない場合がある。それは、形を超えたものが形を生みだす原理であるというように、両者の違いを問題にする場合です。

いま挙げた〈形〉と〈型〉との連続性と非連続性。この両面を説明することは、『風景の論理』当時は、うまくできませんでした。というより、そこまで考えを深めることのできる段階ではなかった、と言うべきでしょう。この本の中で私がやったことは、「基本風景」と「表現的風景」を〈形〉に当てはめ、「原型」(X)と「原風景」を〈型〉に当てはめる、という振り分けを行ったこと、その上で〈型〉から〈形〉へ、〈形〉から〈型〉へ、という移行が生じることを、何とか「論理」的に説明するということでした。

私からすれば、「形の論理」を風景論というジャンルで具体化したことが、この本の意義になります。無謀な挑戦かもしれないと思いつつ、これまで私は、そういう流儀を通してきました。「終章 形の論理――構造と弁証法」は、タイトルのとおり、その時点で考えついた「形の論理」を、超リクツっぽく論じた結論の一章。風景論目当ての読者を眼中に置かない、自分本位の議論を展開しました。私にとっての眼目は「形の論理」であって、風景のテーマは、それを具体化するために利用した手段。極端な言い方をすれば、そういうことになります。以上、とりあえず「形の論理」の解説とさせていただきます。

 

日本の「哲学」へ

中:私のような素人が『風景の論理』についていけなかった理由が、いまの講義で判りました。先生が「形の論理」を目標とされているのに、こちらはそれにお構いなく、風景論として読もうとした。著者と読者の思惑に、ギャップがあったということですね。

直:それは無理もない。風景論の顔を見せながら、その実体は「形の論理」である、という羊頭狗肉をやっているわけですから。

中:ところで、私の質問はどうなりましたか。〈かたち〉〈かた〉という仮名表記に換えられたのはなぜか、という点です。

直:ゴメン、忘れていました。2019年5月、香港在住の技術哲学者ホイ・ユクの主宰する国際ワークショップに参加したさい、漢字の「形」と「型」には意味上の差異がない、という指摘をホイ氏から受けました。それをきっかけに仮名表記に改めたのは、〈かたち〉と〈かた〉が、もともと日本語であることに加えて、語形からしても、二つの語の共通点と違いがどちらも表しやすい、という理由によります。〈かたち〉と〈かた〉の違いは、「ち」が付くか付かないか。この違いに、大きな意味があるわけです。

猛:以前の対話(『〈出会い〉の風土学――対話へのいざない』幻冬舎新書、2018年)の中で、僕は「形」と「型」の区別が、日本語でしか成り立たないのなら、「形の論理」は日本人だけに通用することになる、日本人だけの「哲学」なんてナンセンスだ、と言って先生を批判しました(p.140-141)。

直:よく覚えています。当時その批判に対して、正面からお答えしなかったかもしれない。君は、いまも同じ意見ですか。

猛:いまは、当時ほどナイーブではありません。「日本人の哲学」を考える必要がある、ということも解ってきました。けれど、哲学が普遍的な学問である以上、「形の論理」に普遍的な価値があるのか、という問いかけは維持したいと考えています。

直:その疑問は、ごもっとも。というより、それは私が自問自答を繰り返している問題そのものです。せっかくの機会だから、ここから私が質問役になって、君に逆インタヴューをさせてもらうことにしましょう。

猛:逆インタヴューですか。怖いな、どうかお手柔らかに。

直:君は、三木の遺著である『構想力の論理』第二が、カントの「構想力」概念の解釈に充てられていることをご存じですか。

猛:知っています。そのカント解釈が中断したまま、三木は亡くなっています。

直:先ほど講義したように、三木のテーマは「形なき形」。それが東洋的な思想を意味することを、三木も西田も認めている。君に伺いたいのは、そういう東洋的な思想を、なぜ西洋のカント哲学の概念を借りて表現する必要があるのか、という点です。

猛:東洋には、哲学的な論理がないからです。哲学的に考えるための論理は、西洋にしかありません。

直:そうかもしれない。いや、そうでしょう。ですが、「形なき形」という思想、そこから私が考えついた〈かたち〉と〈かた〉との区別は、西洋の世界には存在しない。そうじゃありませんか。

猛:そうです。ありません。

直:家の喩えで言ったことを思い出してください。問題は、「形なき形」を解明すること、「形なきもの」が「形あるもの」を生み出す、というリクツです。同じことを三木は、「無からの創造」という言葉で言い表しています。カントに、そういう考えはありますか。

猛:ないと思いますが、三木は『判断力批判』に出てくる「生産的構想力」に、「無からの創造」に近い考え方があると見当をつけて、カントの研究に向ったと思います。

直:よくご存じですね、そのとおりです。しかしそれは、先ほどの例で言えば、日本家屋の建築に使える木材がないときに、間に合わせにレンガやコンクリートを使って、それで日本家屋もどきの洋風建築を仕上げる作業に似ています。

猛:それでいいじゃありませんか。もともとの日本建築とは違っていても、洋風建築の方が住みやすく快適なら、そちらをつくるべきだと僕は思います。

中:これまで聴いた覚えのない難しいやりとりが、お二人の間で交わされています。私が割って入って、かき回すのは恐縮ですけれど、素人の強みで言わせていただきます。先生が日本建築に喩えられた「日本の哲学」。それを、日本の材料や技術を生かしてつくるというのが、先生の考えられる〈かたちの論理〉。日本のものにこだわらず、西洋産の材料に技術というか、論理をかみ合わせて仕上げるなら、でき上ったものが「西洋的」か「日本的」かにはこだわらない、というのが猛志君のお考えであるように受けとりました。いかがでしょうか。

直:いや、見事な要約です。とても「素人」どころではありません。私の考えは、でき上った家が日本的か西洋的か、という点にはこだわりません。問題は、そこに住む日本人が、快適と感じるかどうか。西洋式建築でも構わないが、それでは間尺に合わないところが出てきます。西洋からの輸入学問である哲学には、日本人の身丈に合わせる調整が施されていない。そんな家には住みたくないな、というのが私の立場です。

猛:僕は、身体に合わないところが多少あっても、西洋風の家に住む努力をした方がよいと考えます。住み続けるうちに、日本人の身体つきも変わるだろうし、新しい生活様式にも順応していくはずですから。大谷翔平選手が、そういう適当な例ではないでしょうか。

直:これは参った。日本人は変わる。それを証明するのに、大谷選手ほどの例は見あたりませんね。けれども、彼の場合は特別であって、日本人一般を同じように見るわけにはいきません。

中:「形の論理」が奥深いテーマであるということは、私のような初心者でも解りました。このあたりで、本の内容に戻って、インタヴューを続けては、いかがでしょうか。

 

三つの風景をめぐって

猛:了解。中道さんは、以前の僕らの対話の中で、「原風景」(第四章)について質問を出されたと記憶します。そのあたり、何かご意見は?

中:そのときの質問は、私にとって原風景は個人的な記憶だと思われるのに、この本では、語り合いによって成立する集団的な経験だとされているのはどうしてか、というお訊ねでした。それに対して、原風景には個人的な面と集団的な面の両方がある、という答えを返され、納得したことを覚えています。先生は、先ほど「形の論理」の説明の中で、原風景が〈型〉であるとおっしゃいましたが、それはこの点に関係しているのでしょうか。

直:大いに関係しています。原風景は、基本風景が集まることから生まれます。基本風景は、個人ごとに異なるさまざまな〈かたち〉。人々が語り合うことによって、〈かたち〉が集約され、みんなに承認されるような〈かた〉が生まれてくる。物語りへの参加をつうじて、個人的な経験が集団的な経験へと昇華する。別の言い方をすれば、〈かたち〉から〈かた〉が生まれる、というわけです。

猛:「原風景」について書かれたことは、僕にとっても興味深い内容でした。難しく感じたのは、個人としての基本風景から集団的な原風景が生まれ、その原風景からふたたび個人的な表現的風景が生まれるというように、風景の経験を三段階に分けたのは、どうしてかということです。個人的な経験が、集団的な経験以下の水準、以上の水準、というふうに分けられていますが、二つに分けて考えなければいけない理由があるのですか。

直:答えにくい、難しいポイントを突いてきますね。君が「個人」と考えるのは、理性的に判断する自律的な人格というものでしょう。要するに、カント的な「個人」です。しかし、そういう個人は、最初から存在するのではなく、自他がハッキリ区別されないような共同の世界、「物語空間」から出現すると考えられる。そういう意味で、集団的な経験を個人的な経験の手前に置いたのです。それに対して、原風景の下に位置する基本風景を「個人的」としたのは、まだ個人としての自覚に達していない一人一人、という意味です。そういう人間を「個人」と呼んでよいのか、迷いましたが、「記述的順序として、個人から出発する方法論的個人主義を採用する」(p.55)という方針をとりました。とりあえず、こんな説明で納得してもらえるかな。

中:正直申して、お二人のやりとりの勘どころがピンときません。こんなふうに考えてもよろしいでしょうか。たとえば、私が農民だとしたら、毎日田んぼの様子を目にする。しかし自分では、それが「風景」だとは意識しない、観賞されるようなものではないから。

直:この本で言う「基本風景」は、そういうものです。絶好の例が出されました。話を続けてください。

中:田んぼの景色を毎日見ていても、それを特に意識しない。でも、日照りが続いて稲の生育が気になるようだと、仲間の農民たちと作柄を話し合ったりする。今年は不作かもしれないな、とか。そういうのが共同の物語となって、農民たちの原風景になる。

直:いいぞ、その調子。で、そこからどうなりますか。

中:『風景の論理』では、そこから個人的な表現的風景が成立するとされているのですが、いったい何が「表現的」なのか分かりません。

直:別に難しく考える必要はありません。いまの例だと、干ばつを恐れる農民の中で頭の回る連中なら、別の水源から新しい用水路を引いて、水を確保できるような工夫をするはずです。それが、田んぼの新しい景色――表現的風景――を生みだすのです。

中:なんだ、そんなことですか。表現的風景というからには、ゴッホのような天才が創造する新しい風景をイメージしていました。

直:天才も凡人も関係なく、誰もが三つの風景を経験するというつもりでしたが、つうじませんでしたか。例の出し方が悪かったとすれば、反省しなければいけない。

 

変化する立場

猛:今日は、『風景の論理』の中心テーマが〈かたちの論理〉である、というお話を伺いました。この本が、風土学の第一作。これを出されてから、何か考えが変わったというようなことはあるでしょうか。

直:変わった点は、いろいろあります。それを言う前に、君の印象を聞かせてください。

猛:最初にご自分でおっしゃったように、文体というか、論述のスタイルが、この本と現在とでは、だいぶ違う印象を受けます。

直:どんなふうに違いますか。

猛:この本では、言及される思想家の数が多く、引用される文献も多彩です。風景という主題を論じるのに、これだけいろんなテクストを読まなければならないのか、と思いました。

直:それに比べて、最近私の書くものは、一点集中式というか、文献資料の範囲をあまり広げない、という感じですか。

中:そういう印象を受けますが、本筋の議論というか論証の仕方は、最近でもあまり変わらない。とても難しいと思います。

直:考えの上でハッキリ変わった点は、二つ。一つは、「風土」の概念。第一作では、まだ風土を地域・領域の意味に把えています。それが、「社会の空間と自然に対する関係」(ベルク)という、関係性の概念として考えられるようになったのは、「空間」を論じた第二作『風土の論理』よりも後のことです。

猛:先生にとって、「地理学的転回」が不可欠だった、ということになりますか。

直:そのとおり。もう一点は、この本の中で「構造」と一対に扱っている「弁証法」。最近の私は、〈かたちの論理〉に関して、「弁証法」という語を使用しません。

猛:それは、どうしてですか。最終章で取り上げられた「種の論理」は、弁証法を主張しています。

直:説明すると長くなるけど、端折って言うと、弁証法(ディアレクティク)は、その語源「ディアロゴス」が物語るとおり、「二つのもののロゴス」として、二元論に立っています。弁証法では、二つに分けられたものの対立・矛盾を、「論理」として主張します。これに対して、〈かたちの論理〉は〈かたち〉と〈かた〉の関係であって、そこに矛盾は存在しない。『風景の論理』を書いていた当時の私は、「形の論理」が矛盾を含まないことを見落としていたために、不用意に「弁証法」を使用したわけです。

猛:いま言われたことは、二元論との〈対決〉が説かれる、その後の著作に関係します。それを伺ったところで、今回のインタヴューを終わることにします。

 

 

 

 

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