日本の名著
直言先生:「三人で考える」が今回のテーマ。どう思われますか、中道さん。
中道さん:いつも私たちがしていること、そのままではありませんか。でも、それをわざわざテーマにされるからには、何かお考えがあるように思われます。
直:ウラがあると思われたわけですね。猛志君はどうですか。
猛志君:中道さんと同じです。僕の受けた感じでは、三人で対話するという現実のことではなくて、考えることのカギが「三人」にあるという意味じゃないでしょうか。それがどういう話になるのか、僕には見当つきませんが。
直:さすがに猛志君はヨミが深い。そのとおりです。「三人対話」の基本的な考えについては、以前にお示ししました(本シリーズ第1回「相手は誰か?」)。今回は、そういうリクツではなく、実際に三人が対話することによって、何が起こるのかを考えようという狙いです。前回が理論篇だとすると、今回は実践篇。ナットクしていただけましたか。
中:三人で対話することによって、何が生まれてくるのか、という話ですね。とても興味があります。
直:そう言ってもらえると、ありがたい。「三人で考える」の一例として、三人の人物が登場する「対話劇」という性格をもった作品を取り上げることにします。ご存じでしょうか、中江兆民の『三酔人経綸問答』(さんすいじん・けいりんもんどう、桑原武夫・島田虔次 訳・校注、岩波文庫、1965年)。ルソー『社会契約論』の翻訳(『民約論』)で知られた自由民権運動の闘士兆民が、明治20(1887)年に発表した対話篇の傑作です。
中:たしか三人の酔客が、かわるがわる政談をぶつ、という内容の本ですね。昔、少しだけ読みかじった記憶があります。
猛:僕の方は、中江兆民が「東洋のルソー」と呼ばれた思想家だということぐらいしか知りません。その作品のことは、いま初めて知りました。
直:西洋哲学のテクストしか教えない日本の哲学教育では、『三酔人』のような日本人の名著を読む機会がない。当然のことでしょう。
猛:先生の目から見て、僕たち学生が読むべき日本人の著作は、たくさんあるのでしょうか。どれから読んでいったらよいか、アドバイスしていただけませんか。
直:手近なガイドブックとして、『日本の名著――近代の思想』中公新書、1962年、を挙げます。明治初期から1960年代はじめまでに、日本で出版された書物の中から、50点が挙げられています。
中:その年代設定だと、明治時代から昭和の戦後しばらくまでが範囲になります。高度経済成長期の60年代以降の名著は、含まれないわけですね。
直:そう、この本で言う「近代」は、われわれの同時代とは言えないそれ以前の時期、祖父母や曾祖父母の生きた時代に限定されます。戦後に書かれた名著がいくつかあったとしても、それは私たちの同時代ということで、身近に読む機会があります。ふだん接する機会のない昔の作品を、まとめてリストアップした解説書であるところに、この本の値打があると思います。
猛:『三酔人経綸問答』のほかに、どんな作品が挙げられているのでしょうか。
直:私たちの最近の対話で取り上げた坂口安吾「日本文化私観」のほか、ご存じの和辻哲郎『風土』、九鬼周造『「いき」の構造』なども、当然のごとく入っています。君の知らない著者や著書の方が、ずっと多いだろうけれども。
猛:『日本の名著』のリストを見て、何から読むかを検討することにします。
直:そうしてください。さて、兆民の作品がどういう内容かを知っていただくために、大ざっぱな紹介をします。
講義:『三酔人経綸問答』の世界
この対話劇に登場する人物は、三人。酒好きの「南海先生」が、ホストとして二人の客、「洋学紳士」と「豪傑君」を迎え、二人の持参した西洋のブランデーを呑みながら、大いに語り合うという設定になっています。これとよく似た設定が見られるのは、プラトンの『饗宴』。その中では、「恋」(エロース)の主題をめぐって、宴の参加者たちが、かわるがわる自説を披露しあう、という構成がとられています。『三酔人』の登場人物は、それぞれがユニークなキャラクターで、酒の勢いもあって、いくらか羽目を外すような雰囲気の中で、他人にはばかることなく、思いのままに論じ合う。それでいて、他の主張に対しても心を開いて傾聴するというのが、面白いところです。甲乙丙の三人が対話するとき、たいていの場合、甲と乙とが対立する主張を唱える。もう一人の丙は、双方のあいだに立って、中立的な意見を述べる、というのが「三人対話」のふつうのあり方です。第三者がケンカの仲裁に入る、といった場合を思い浮かべていただければ、察しがつくかと思います。ここでは洋学紳士と豪傑君とが、まったく対照的な意見を開陳する。それに聞き入っていた南海先生が、両者のどちらでもない中間的ないし折衷的な自説を述べる、と要約できるような構成がとられていますが、それほど型どおりの進行とも思われないところがあります。順に、それぞれの主張を見ていきましょう。
最初に登場するのは、洋学紳士。西洋近代思想を代表して、「進化の理法」を唱えます。その主張によるなら、政治社会は未開から始まって、君主専制、さらに立憲制を経て、共和制に至らなければならない。人間社会の最高の価値である自由は、民主制のもとでしか発達しないという。民主主義の柱は、自由・平等・博愛にあり、この三原則に立って、軍備は即時撤廃すべきであると主張します。このあたり、戦後民主主義の理念を「非武装中立」として具体化した、昔の社会党――むろん現在は存在しません――の主張が思い起こされます。しかし軍備をしないとすれば、大国が侵略してきたときに、どうするか。紳士が言うには、小国がわずかの軍備をしたところで、何の役にも立たない。戦力ではなく道義の立場で対するならば、他の列強はこれを見捨てないだろう、として非戦に徹すべきことを説きます。
これを聞いた豪傑君、「君はくるっている」と怒り出します。弱肉強食の現実をふまえて、日本は侵略してくるヨーロッパの列強に対抗できるだけの戦力を備えなければならないとして、洋学紳士の理想主義に対抗する現実重視の論陣を張ります。しかし、現実的な観点からすると、列強に対抗するためには、日本の国力は決定的に足りない。では、どうすればよいか。アジアに一つの国がある。国土が広く、資源も豊かだが、現在は老衰して力がない。お判りでしょうが、当時の中国(清)のことです。日本はここに進出すべきであるという。これは、領土拡張を企てる侵略主義者の主張ですが、明治以降の日本社会に力をもった考え方です。のちに清朝を滅ぼして満州国をつくり、日中戦争の泥沼を生じさせることになる大陸進出の論理が、豪傑君の口から語り出されます。
民主主義的な平和主義と膨張主義的な国権主義。両立しそうにない、この二人の主張を聞く役に回った南海先生は、両者のあいだに立って、どういう意見を述べるのでしょうか。それによると、まず洋学紳士の説は、西洋の学者が頭の中で考えだして、本に書いただけの話、現実化していない美しい雲のようなものであると。豪傑君の説は、昔の偉人が、百年、千年に一度だけ成功したやり方で、今日では実行できない政治的手品であると。このように二人の主張の非現実性を説いてから、洋学紳士の口にした「進化の神」の進路を語り出します。それは、決して直線的なものではなく、曲がりくねり、左と思えば右に行き、進むと見れば退き、退くと見れば進む、といった具合。要するに、理想をもちながら、時と場所とを弁えて慎重に行動すべきであるというのが、南海先生によって説き明かされる「進化の理法」です。「新し好き」と呼ばれる洋学紳士の進歩主義、対照的に「昔なつかし」とされる豪傑君の過去志向、そのどちらにもくみしない南海先生が説くのは、いわば〈中の論理〉――本には書かれていないが、私流にそう呼びたいと思います。以上、三者三様ですが、比較して何が言えるかを考えてみましょう。
三とおりの主張を並べてみて、作者である中江兆民の立場はどれかが問題にされます。当時、最新流行の自由民権思想、それを代表するリーダーであった兆民を、洋学紳士に重ね合わせることは容易ですが、それではこの本の意味がなくなります。敵対的な立場をとる豪傑君を登場させた理由が、説明できないからです。その意味では、洋学紳士でも豪傑君でもなく、両者のあいだに立つ南海先生の立場が、兆民自身に近い、とよく言われます。ところが、文庫版の解説(桑原武夫)では、三人がそれぞれ兆民の分身である、という解釈が示されています(264頁)。その考えに、私としても異論はありません。そこから、三人で考える「三人対話」の意味を掘り下げてみたいというのが、このテクストを取り上げた狙いです。ここから、お二人と一緒に考えることにしましょう。
三つの立場
直:議論の中身はすっ飛ばして、作品の骨格だけを紹介しました。お二人からの質問に答える形で、説明を補いたいと思います。いかがですか。
中:三人の論客が、酒を酌み交わしながら、天下国家を論じるという趣向が、とても面白いと感じました。つまらない疑問ですが、酒を呑まないと、こういう議論はできないのかなあと。その点について、先生はどう思われますか。
直:これは意外、三「酔人」でなければならない理由は何か、ということですね。考えたことがない。あなたのお考えを聞かせてください。
中:酒に酔うと、隠れていたホンネが出てきます。昔、中間管理職についたころには、よく部下を誘って呑みに出ました。自分ではガス抜きのつもりでしたが、酒の席ならではのホンネが聞かれるし、ふだんの会話では知ることのできないような事実に気づくことがありました。
直:そうですか。イやなことはありませんでしたか。
中:上司や同僚に対する口汚い悪口などを吐き出されると、聞かない方がよかったかな、と思うこともしばしばありました。
直:悪口ではないが、ふだんは対話しない相手同士が、顔を合わせて言いたいことを言い合うというシチュエーションを生み出すのには、酒の力を借りるというのが一法です。この作品では、ふつうなら実現しにくい「三人対話」を実現するための小道具として、上等のブランデーが用意されたのではないか。そういう理解ができるかもしれません。
中:ということは、素面(しらふ)だと、洋学紳士と豪傑君とが対話することは難しい、ということですね。つまり、酒の力がはたらかなければ、経綸問答は生まれなかったと。そういうことになるわけですね。
直:そうです。三つの立場、とりわけ民主主義対国権主義のように対立する政治的立場は、おたがいを認め合う場に立つことなく、言い争うというのが常態です。対立する陣営同士が、胸襟(きょうきん)を開いて対話する機会は、なかなか生まれないわけです。
猛:そのことはよく分かります。でも、民主主義と国権主義のように、正反対の主張が両立するというのが、どういうことなのか、僕にはよく理解できません。洋学紳士と豪傑君、それに南海先生までが、兆民の分身であると言われるのは、どういうことでしょうか。それじゃ、まるで精神分裂病の患者ではありませんか。
直:三つの人格が一人の内にあると言えば、分裂病みたいですが、人が三つの異なる社会的立場のどれに対しても一定の共感をもつというのは、人間のあり方として、ちっとも異常ではありません。かりに〈進歩主義対保守主義〉の図式を立てたとして、どの人にも両方の要素があるというのが、ふつうのあり方ではありませんか。
中:なるほど。おっしゃるとおりかもしれません。しかし、中江兆民と言えば、ルソーを日本に紹介したことで知られる自由民権運動のリーダー。そういう兆民の内に、洋学紳士だけでなく、豪傑君のような侵略主義の要素が含まれている、というのはどういうことでしょうか。二人の主張は、どう考えても両立しないように思われるのですが。
直:民主主義と領土拡張主義というように、イデオロギーの対立関係としてみれば、二つの立場は相容れない。それは、そのとおりです。しかし、個人のメンタリティーとして考えるなら、どちらの要素もありと言えるのではないでしょうか。
中:おっしゃることが、よく理解できません。何か具体的なヒントをいただけないでしょうか。
直:洋学紳士はまだしも、おそらく豪傑君のキャラクターが、つかみにくいのではないかと思います。そちらをズームアップして眺めてみたなら、より身近な感じをもたれるかもしれません。
中:そう思います。説明をお願いします。
中国に寄せる思い
直:「侵略主義」と言ってしまえば、身もふたもないけれども、明治期の近代化が進むにつれて、お隣の中国に対して日本人の抱く思いに、西洋に対するのとは違う独特な性格が表れてきます。
中:「独特」というのは、どういう点でしょうか。
直:中国のことが他人事ではなく、なかば自分のことのように感じられる、という一種の親近感。そこから、中国に対して何かをしたい、しなければならない、という義務感のようなものが生まれてくる。言ってみれば、そんな感じでしょうか。
猛:でも、中国に対して日本がしたことは、領土の侵略です。親近感というようなものではないと思います。
直:親近感という言い方が、不適切だったかもしれない。他人事として放っておけない、自分のこととして何かをしなければならない、という一体感のようなものだ、と言い換えた方がよいかもしれません。
中:お言葉ですが、猛志君が言ったとおり、「大陸への進出」という言い方が意味するのは、中国の侵略という事実以外ではないと感じられます。
直:結果的に見れば、お二人の言われるとおり、日本が中国を侵略したことに間違いはない。それは、そのとおりです。私が言いたいのは、結果はともかく動機のうちに、日本人が中国人と一つになって、理想を実現しようという思いがあった。その事実だけは否定できない、ということです。
猛:それって、満州国建国のスローガンじゃありませんか。東亜の解放とか、「五族協和」といったうたい文句で、日本のやっていることを正当化するという。
直:これは手キビシイ。日本が満州国を建国したときに唱えられたスローガンに、問題があることは否定できません。ですが、実際の経過は実力行使による侵略行為以外ではなかったとしても、隣人と手を携えて理想を実現したいという思いが、日本人の有志にあったことも事実です、日本だけでは実現しない夢を、中国の人たちと共有するという。
猛:隣人のためであると偽って、他所の土地に入り込んで占領したのでは、そこに生きている人たちはどうなりますか。中国人の誰も、そんなことを望んではいないと思います。
直:お言葉ですが、中国人と日本人の有志が手を結んで、共通の理想に向かって突き進んだ実例があります。清朝を打倒した辛亥革命(2011年)の前夜、孫文など中国の革命家と宮崎滔天(みやざき・とうてん)に代表される日本人とが、国境を超えた同志として、たがいに協力し合った事実を忘れることはできません。
中:おっしゃるのは、中国革命についての有名な歴史的事実ですが、どうして双方が協力し合う関係が生まれたのか、私にはよく理解ができません。「共通の理想」と言われるものが何なのか、教えていただけないでしょうか。
直:中国と日本とは、たがいに他を映し合う〈鏡〉のような関係にある。といっても、二つの国のありようは大きく異なる。一方は、いち早く西洋の技術文明を模倣して近代化に「成功した」――とりあえず、そう言っておきましょう――小国日本。他方、中国は大国ながら、近代化に立ち遅れたまま、西洋列強に侵略され、蹂躙されて瀕死の状態。そういう中国の現状を見かねた日本人が、革命を起こそうとして闘う中国人に協力して、新中国の建設に尽力したことが、「共通の理想」と申し上げたことの中身です。
中:明治時代の中期に、日清戦争が惹き起こされました。国家同士が敵対関係にあっても、個人同士は盟友になれると。そういうことをおっしゃっているのでしょうか。
直:国家の論理は、個人同士の関係とは別のものです。近代化する以前の日本は、学問文化のほとんどすべてを中国に頼り、中国を師と仰いで生きてきました。たとえ近代化において日本が中国に先行したとしても、その関係は基本的に変わらない。ところが、近代化によって西洋列強から入ってきた国家の論理が、日本に弱肉強食の矛先を中国に向けさせる事態を招きました。西洋の大国が、日本やアジア各地に向ける欲望の視線。はじめ日本は欲望の客体でしかなかった。その日本が、こんどは欲望の主体となって、中国など近隣アジアに欲望の視線を向ける、という展開が生じたのです。欲望に関する主客の逆転というテーマは、かつて『風土の論理』(ミネルヴァ書房、2011年)で取り上げたことがあります。
猛:日本人の中に、中国の人たちと呼応して立ち上がった「同志」がいる、という話は分かりました。説明されていないのは、そういう志をもつ生き方と、自由平等の民主主義とがどう結びつくのか、という問題です。兆民の中に、洋学紳士と豪傑君がどういうふうに同居するのか、それがまだよく分かりません。
民主主義と国権主義
直:「昔なつかし」と「新しずき」を、この二人が代表します。二つの対照的な性格が、同じ人間のうちに共在すると考えても、不思議はありません。みずからを省みるなら、どちらの要素も自分自身の中にある。そのことは、否定できないはずです。違いますか。
猛:南海先生のうちに、洋学紳士の要素も豪傑君の要素もあるということな ら、おっしゃることは分かります。南海先生の性格がそうであると。けど、洋学紳士と豪傑君の主張は、たがいに相容れないもので両立しないと思います。
直:弁証法で言うテーゼ(定立)とアンチテーゼ(反定立)のようにね。でも、その二つの契機があるから、ジュンテーゼ(総合)が成立するわけです。
猛:ということは、南海先生は弁証法的な〈総合〉の立場であるということですか。
直:まあそうです。私は、弁証法の言う〈総合〉よりも、〈中の論理〉に沿って、〈中間〉という言い方を選びたいけれど。
猛:〈総合〉よりも〈中間〉の方がよいと。それはどうしてですか。
直:〈中間〉は、対立する二つの立場のどちらにもつかないという意味で、「両否」の立場を表します。そのことは、状況によってどちらか一方の目が出ることもあれば、その反対の目が出ることもありうる、という「両是」の立場を意味します。弁証法の言う〈正-反-合〉は、必然的進行を意味しますから、南海先生の立場とは違うのです。
中:すみません。南海先生の考えが、〈総合〉ではなく〈中間〉だとおっしゃる、そのキモのところがよく分かりません。もういちど説明をお願いしても、よろしいでしょうか。
直:先ほど本の内容を紹介したときには、歴史の直線的進行ではなく、いわば予想できないジグザグ式の発展を南海先生が説いていると言いました。洋学紳士、豪傑君、南海先生が代表する三者三様の行き方が、並行して進みながら、そのときどきの状況によって、いずれかが表立つという展開をするわけです。
中:それは、具体的にどういう展開でしょうか。
直:桑原武夫の解説によれば、明治二十年代以降の日本の状況に照らして、内村鑑三、矢内原忠雄(やないはら・ただお)等の反体制的自由主義者、河上肇などマルクス派が、洋学紳士の説を継承、展開した。南海先生がなお「瑞雲」にすぎぬと見た理想が、戦後の平和憲法となったと。豪傑君の考え方は、志賀重昂(しが・しげたか)、三宅雪嶺(みやけ・せつれい)を経て北一輝(きた・いっき)などに連なり、侵略的軍国主義に転じ、中日戦争に突入した――軍部が空想した満州遷都が、豪傑君によって構想されていると。そして南海先生の漸進主義的態度は、福沢諭吉、吉野作造らの穏健進歩派を代表する、といった色分けがされます。いずれも、近代日本に内在する思想的流れであって、時代ごとに本流となり、傍流となりながら、戦後に至る日本の思想状況を形づくっていったと考えられるのです。
中:なるほど、明治期以降の代表的な思想の傾向を、三人が表現していると。
猛:そうか、たがいに矛盾する思想が、どれも現実の日本において実現するという先行きを、兆民は見とおしてこの作品を書いたわけですね。
直:そのとおり。兆民には、予言者的な先読みの智恵があったということが言えます。しかし私は、そういうことよりも、今回のテーマである「三人で考える」ということの意味を、『三酔人』という作品から読みとりたいと考えます。
「三人対話」の教訓
直:作品に登場する三人は、いずれも作者である兆民の分身である、という考えが成り立ちます。そう解釈することで、いちおうナットクできるのですが、引っかかるところもある。どういうところが引っかかるか、お分かりですか。
猛:さっきは、三人それぞれが兆民の人格の一部だということを言われましたが、それだと人格が分裂してしまいます。これも、さっき僕が言ったことですね。要するに、兆民のアイデンティティはどこにあるのか、という問題が残ります。
中:兆民の立場は、やっぱり「南海先生」だと思います。南海先生がアイデンティティの核であって、他の二人は別のキャラクター、言ってみれば南海先生の引き立て役かと思われます。そう考えたら、「分裂」などと考える必要はないでしょう。
直:どちらのご意見ももっともですが、あの世の兆民に訊かなければ、真相は分かりません。それはさておくとして、私が注目したいのは、三人で考える対話のスタイルが、この作品によって具体化されているという点です。三人対話のあるべき姿を『三酔人』に見てとることができる。この一点を教訓に挙げたいと思います。
中:三人対話にとっての教訓とは、どういうことでしょうか。
直:「三」という数は、対話という観点から見ると、「一」や「二」にはない、特別な意味をもっています。「一」つまり一人である場合には、対面する相手がいない。したがって、対話は生じません。
猛:「自己内対話」は、一人で行われる対話じゃありませんか。
直:そうです。それは、たとえ一人であっても、〈もう一人の自己〉との対話なしには生きられないこと、つまり「一」から「二」に移行しなければならない必然があることを物語っています。
猛:それじゃ、対話をしないで生きるということは、不可能なのですか。
直:不可能ではない。考えることをしない生、動物のように本能だけで生きるライフスタイルがあるなら、対話は不要になるでしょう。
猛:自己内対話も対面型対話も、「二人対話」だということですね。先月は、「哲学は対話である」という考えをお聞きしました。
中:私も、その考えを伺って、なるほどそうか、という気がしました。しかし、そういうお話の中で、まだ腑に落ちない点があります。
直:何でしょうか、それは。
中:「二人対話」の実体は「三人対話」である、という先生のお考えからすると、「哲学は三人対話である」ということになるかと思います。でも、どうして「三人」でなければならないのか、という理由が、私にはよく分からないのです。
直:哲学は、どうして三人対話でなければならないのか、という質問ですね。キチンとお答えしなければなりません。それに答えるには、「二人対話」は哲学ではない、という点から考えてみなければなりません。
中:二人対話は哲学ではないと。それはまた、どういうことでしょう。
直:難しいリクツを避けて、簡単な喩えを挙げましょう。水面に自分の姿が映っている場面を想像してください。そこにいるのは何人ですか。
中:二人、いや一人です。私しかいないのですから。
直:そのとおりですが、私自身をI、水面に映る私の像をCとして区別するなら、IとC、二人の〈私〉がいるというふうに考えることも可能です。
猛:それって、ラカンの「鏡像段階」の話じゃありませんか。子どもの自我が確立する過程で、自分の鏡像を認識できる時期が訪れるという。
直:お察しのとおり。「鏡像段階」というのは、幼児が鏡に映る自己像(C)を自分自身(I)から区別し、かつ二つのあいだに〈I=C〉という同一性の関係が成り立つことを知って、自己意識にめざめるという発達理論です。
猛:メルロ=ポンティの「幼児の対人関係」(『シーニュ』)に、その説明があるのを読みました。でも、そういう発達心理学の問題と対話とが、どうつながるのですか。
直:二人対話は、自分自身と鏡像との関係に近いと考えられる。水面に映る自己像に見とれるように、対面する相手を自分自身のように錯覚してしまう。メルロ=ポンティが言うとおり、「ナルシシズム」が二人対話では避けられないことになるのです。
猛:ということは、三人対話によって、ナルシシズムに陥ることが避けられると。そういうリクツを考えられたのですか。
直:そう、そのとおり。中江兆民が立てた「三酔人」のタイプは、どれをとっても、他と同一化させることができない独自性をもって、並び立っています。これら三つのタイプをたがいに独立した行き方として承認すること。これが、「三人で考える」ということの教訓である、と言いたいわけです。
中:いまのご説明は、二人対話に伴うリスクを三人対話で回避する、ということですね。その点は呑み込めました。ただ私としては、三人対話の積極的な意義について、もっと知りたいと思います。
直:承知しました。引き続き考えていくことにしましょう。


この記事へのコメントはありません。