1 年頭に寄せて
明けましておめでとうございます。
年の瀬に一年を振り返る趣旨の記事を組み、年が明けると「年頭所感」を紙面に掲げるのが、新聞各紙の習いです。12月31日付『朝日新聞』「社説」、「カンブリア爆発から考える」という意表を突く見出しが、まず目を惹きました。その上部に「AIのもたらす変化」という、やや小さめの見出しがあることから、人工知能(AI)の今後を占う内容であることが予想されます。そのとおり、AIの普及、とりわけChatGPTに代表される生成AIの出現に目をみはりつつも、その急速な普及に伴う予測しがたいリスクに対して、警戒を怠るべからず、との主張が読みとれました。
さすがは『朝日』。生物種が「爆発」と呼ばれるほど急激大量に発生した5億年前のカンブリア紀に遡って、恩恵と脅威が背中合わせになった今日の技術革新についての問いを投げかける、という紙面づくりの工夫が、読む者に伝わってきます。記事の中でも、「はじまりに眼の誕生」と題された一段では、その時代に出現した生物種の中で、眼を持つ動物が捕食者としての優位を獲得して、「軍拡競争」に勝利した、という現代世界を窺わせるような事実が挙げられています。よくもこんな情報を探してくるな、と感心せずにいられません。
ここから、こちらの土俵に入ります。膨大な読者を抱える大新聞の記事では、記者の考えがストレートに表現されることは、まれ。千差万別の読者の関心を考慮するなら、内に潜む自分の思いをそのまま表現することは難しい。読者の反発が予想されるようなトピックに関しては、勢い慎重な出方をして、様子を窺わざるをえない事情があるはずです。ご紹介した社説では、生成AIの現状に対する内々の疑念をひそめつつ、太古の出来事をそこに重ね合わせる流儀、演劇で「異化効果」と呼ばれるものに類した手法がとられています。その努力に敬意を払い、おもしろいと思う反面で、俺ならもっと単刀直入に書くのにな、という不遜な思いが頭をもたげてきます。
2020年からのパンデミックにつづいて、新たな世界大戦を予感させる最近の国際情勢。この二つにグローバルな危機を代表させることに対しては、あまり異論は出ないでしょう。それでは、ChatGPTは?私はこれを、人類にとって第三の凶兆とすることをためらいません。異論が多く出ることを承知で、これこそ放置すれば人類の破滅につうじる最大の脅威である、と主張します。不審に思われる方に向って、理由を一言だけ。技術の成果は、それを生み出した人間のコントロールを超えて独り歩きします。そうした鬼子の前例としては、原子爆弾が挙げられる。未曾有の殺傷力を具えた武器の利用を、コントロールできるだけの理性・叡智が、原爆開発の当事者、開発計画に関与する人間たちには働かなかった、と言わなければなりません。そんな技術は、もともと開発されるべきではなかった。それと同じことが、先の読めないAIの技術開発に対しても当てはまる、と私は考えます。
日本社会では、生成AIが脅威であるどころか、一種の福音とさえ受けとられている節があります。私がそれに対して危機感を抱く最大の理由は、それが脅威であることを意識しないまま、社会が自壊の坂道を転落していくことにあります。「病気」や「戦争」に対して、個人はほとんど無力です。だとしても、技術の暴走を抑制する論理なら、おのれの努力次第で具体化できるだろう、その可能性に賭けてみたい、と考える年頭のこのごろです。
上の一文をほぼ書き上げた元旦当日、大地震が日本を襲いました。この大異変をめぐって筆を改めるだけの気力と余裕が、私にはありません。先々はともかく、いまはこの件に関して沈黙にとどまることを、お許しくださるようお願い申し上げます。
2 木岡哲学塾の活動状況
Ⅰ 木岡哲学対話の会
◎報告(第10回)
○日時:1月7日(日)13:00-16:00
○会場:大阪駅前第三ビル17F第7会議室
○内容:《総括討議》
- 意見表明
事前に実施したアンケートの回答をもとに、2023年度の「哲学講話」「哲学対話」の成果や反省点をめぐって、主宰者(30分)につづき、参加者がそれぞれの意見を提示しました(各5分)。
- 意見交換
各自の意見表明をもとに、今後の運営方針を協議した結果、以下のとおり意見が集約されました。
1)参加者の関心は、「生命」と「正義」の二大テーマにほぼ集中した。これらをめぐる「共同研究」を進める。
2)全体テーマを特定せず、回ごとのテーマを設定し、その中で「哲学講話」と「哲学対話」の連携を図る(ただし、風土学に関する研究の進展を反映させるように努める)。
3)参加人数は、現状(10人程度)を標準として、最大15名(会場の収容限度)まで受け入れる。
4)発表(「報告」や「事例提供」を含む)希望者は、テーマ・内容・希望日をできるだけ具体化して、主宰者に随時申し入れる。
◎2024年度に向けて
3月3日を皮切りに、2023年度と同じ要領――月一回第一日曜、2月・8月を除く年間10回開催、同一会場、同一時間帯(13時―16時)、同一参加費(1000円)――で開催します。
3月以降の予定については、本ページで順次お知らせします。
Ⅱ 哲学ゼミ
後期の第5回を、次のとおり行いました。
〇日時:1月21日(日)13:00-16:00
〇会場:木岡自宅
〇プログラム
1)テクスト読解:
木岡伸夫『邂逅の論理』(春秋社、2017年)「結論」を中心とする全体の読解。
2)発表・討論:菅野隼人氏のエッセイ(https://note.com/kanno_kyoto/n/n998a826157cc)についての検討。
3)その他――今後の方針について。
◎『邂逅の論理』に続いて、拙著『瞬間と刹那――二つのミュトロギー』(春秋社、2022年)をテクストに取り上げます。毎回1章ずつ読み進める方針が決まりました。
Ⅲ 個人指導
〇会場:木岡自宅
〇開催日:月・水・金・日(上記イベント開催日を除く)の、原則として午後(13時-17時のあいだの2時間程度)。事前予約制。
〇内容:読書指導・語学指導・論文指導。社会人の教養支援、学生の研究指導、いずれも可。個々の事情に合わせて、月1回ないし2回(隔週)の指導が標準的。
以上3つの催しは、いずれも若干名の参加を受け付けます。希望される方は、次のアドレスまで早急にお申し込みください。→n.kioka@s3.dion.ne.jp